第2章、おかしな休日⑤
少し遅れてしまいました。申し訳ありません。
「クレーメンス、無事か?!」
アスカルトは鬼気迫った様子で、クレーメンスに声をかけた。
「はい、お兄様。しかし、どうしたんでしょう…、何だか林の様子がおかしいです。」
クレーメンスは緊張した面持ちであたりを見回す。
「分からない。いつもよりずいぶん静かだと思っていたが…。さっき急に騒がしくなった。」
険しい顔のアスカルト。
「…シェラトリス様は?!」
クレーメンスは震える声で尋ねた。
「今、ジェイクに連絡を取らせている。」
クレーメンスは、アスカルトの視線の先を見た。
「~~~。」
ジェイクは、小型の通信魔法装置に向かって話しかけている。しかし、何も返事がないようだ。ずっと同じ言葉を繰り返している。
「通信装置が使えないのか?」
アスカルトが聞く。
「応答がありません。ですが、向こうの通信装置が壊れているわけではなさそうです。」
もし通信装置が壊れていた場合、発信した際に装置が点灯しないが、ジェイクの手の中の装置は、待機中を意味する光の点滅が続いている。
「手が空く暇がないほどの状況なのか?」
思案顔のアスカルト。不安を隠しきれないクレーメンス。辺りを警戒しながら、シェラトリスらを心配する騎士や使用人。
「仕方ない。クレーメンスは一足先にクロノタトンの屋敷に戻れ。そして調査隊を組むよう伝えてくれ。〈月の林〉の様子がおかしい、と。その間に僕らがシェラトリスを捜す。」
「私も一緒にさがしたいです…!」
「お前では、もし中級以上の魔法生物が―――」
「殿下方、上を!」
木の上に登っていたロウランドが声を上げた。
「「……!」」
少し離れた所で赤い花火が上がっていた。無音でいくつも。
「…あそこか。」
アスカルトは真剣な顔でクレーメンスを見た。
「お前は隠れていろ、…命令だ。」
「……分かりました。…ですが、せめて私の騎士を連れて行ってください。」
命令という言葉に、クレーメンスは大人しく引き下がり、戦力となる騎士を貸すことを申し出た。
「ありがとう。シジュとシャラン以外は借りていこう。」
クレーメンスは頷くと、馬に乗った。
「お兄様付きの使用人は私と一緒に!」
クレーメンスは騎士二人と使用人数名を引き連れ、クロノタトンの屋敷へ向かって馬を走らせた。
アスカルトもその背中を確認してから動き始めた。
「急ごう!」
花火の近くへ来た時、アスカルト一行は馬を降りた。
(通信装置を使わず、無音の花火で知らせてきた……ということは、音を立ててはまずいのだろう。)
アスカルトやジェイクが防音魔法を発動させたのを合図に、他の騎士も防音魔法を発動させた。
そして、ジェイクを先頭に、一気に魔法生物の前に躍り出た。
「……!」
予想よりずっと多くの魔法生物がいた。しかし、ほとんどが低級で、数体だけ中級のようだ。
(植物の方か。)
魔法生物とは、意思を持って動き、魔法を使う生き物の総称だ。植物型は動物型に比べて単純な動きであるため、討伐しやすい。とは言え、数が多いと厄介であるのには変わりなかった。
アスカルトたちは、すぐさま加勢した。戦っていた者たちは、少し緊張を解いて後退した。やや押され気味だった状況は、味方の登場によって形勢逆転の勢いを得た。
それを見てアスカルトはすぐに気付いた。
(戦っていたのは使用人の方なのか…?)
異様な状況だった。シェラトリスはおらず、使用人ばかりがその場に残され、騎士はたったの二人しかいない。
クロノタトンの使用人は、中級相手に、最低でも自衛ができる程度の力は持つが、決して騎士のように戦い慣れているわけではない。それにも関わらず、最低限の戦力しかなかったのだ。
アスカルトは状況を把握するため離脱した。同時にロウランドも抜け、その場はジェイクたち残りの騎士に任せることにした。
アスカルトが引き上げたのを見て、幾人かの使用人が付いて来た。よほど芳しくない状況なのだろう、その顔は緊張と不安で満ちている。
「何があったんだ。」
馬を繋いでいた場所まで来て、ようやく口を開いた。
「アスカルト殿下、クレーメンス殿下はどちらに?!」
質問に対して質問が返ってきた。
「ご一緒ではないのですか?!」
酷く慌てた様子の使用人の口を、他の使用人が塞いだ。
「急に大量の魔法生物が現れました。上級もいます。動物型で、数は三、四体です。我々はせめて低級だけでも引き受けられればと思い、注意を引いていたのです。」
「シェラトリス様や騎士は、上級を相手するために、その場に…!」
「あの花火は、アスカルト殿下に気付いていただくため、シェラトリス様にご報告するため、上げたもの。まさか、あんなに多くの騎士を引き連れていらっしゃるとは…。」
他二人が交互に状況報告をした。
「なるほど。それで今、シェラトリスはどこに―――」
「もし、クレーメンス殿下に帰られるようご命令されたならば、危険です!」
若い使用人は、自分の口を塞いでいた先輩の手をはね除けた。
「上級が出たのは、屋敷への道に近い所なのです!!」
「クレーメンス逃げて!!!」
突然、シェラトリスの叫び声が聞こえた。
クレーメンスは馬を走らせながら、声がした方向を見た。
刹那、クレーメンスは息を呑んだ。
木々をなぎ倒し、こちらに向かってくる動物型の魔法生物。まるで猪のような姿をしたもの、牛のような姿をしたもの…。それらがクレーメンスたちに向かって一直線に駆けてくる。
上級の魔法生物の迫力に圧倒されたクレーメンスは、その周りにいる低級や中級の魔法生物など目に入らない。声も出せずに体を強張らせるだけだ。
「前を向いて!」
シャランという名の女性騎士が、クレーメンスの隣で叫んだ。クレーメンスは少し冷静を取り戻し、手綱を強く握った。そして馬の速度を上げ、一心不乱に逃げる。
使用人たちも、最初は悲鳴を上げる者がいたが、シャランの声に、隊列を組み直した。魔法や武器に多少の技術を持つ者が前と後ろに分かれ、力に自信のない者を庇う。すぐさま気持ちを切り替え行動できたのは、王族付きの使用人は全員、不測の事態に対処できるように訓練されているからだ。
シジュは剣を抜き、クレーメンス一行の最後尾に付いた。一切前を見ず、魔法生物の群れを睨み付ける。
その間にも、低級や中級はシェラトリスの騎士たちによって討伐されていく。
しかし、大物にはなかなか手が出せないでいるようだ。険しい顔に焦りが見え始めた。
「―――〈水よ〉」
川が見えた瞬間、シェラトリスは呪文を唱え始めた。午前中、魚捕りをした川だ。
「〈包囲せよ〉」
シェラトリスの魔法によって、川から水が引き寄せられる。大量の水は上級魔法生物の顔を覆い、呼吸を奪う。身をよじろうとも意味がない。水から逃れられず、じたばたと暴れる。
実は、シェラトリスはこの川が見えるのを待っていた。
確実に足止めして息の根を止めるためには、留まざるを得ない状況を作らねばならない。
ただの動物であれば火を怖がっただろうが、魔法生物はあまり恐怖心がなく、四方を火で囲むくらいしなければ足止めできる可能性は低いし、それはそれで火事の恐れもある。
植物を操る方法も考えたが、通常の動物より大きい体を身動きできないようにするには、強度が心許ない上、大量の植物を犠牲にしてしまう。
下級や中級はともかく、動物型の上級魔法生物の肉や骨は風だけで切断することはできない。下手をすると砂や葉が舞い、討伐の邪魔になってしまう。
この事態を想定した装備ではないため、残るは水しか方法が思い浮かばなかった。しかし、無から生成することができるほど、魔法は便利なものではない。水がある場所へ移動するしかなかった。手持ちの武器で十分倒せる魔法生物を討伐しつつ、川へ向かっていたところ、運悪く、クレーメンスたちに出くわしてしまった。
一刻も早く、上級を仕留めなければならない。
「〈風よ〉」
風を纏い、馬の背から跳躍した。
ザクッッッ!!
猪もどきの首の肉を斬った。浅くはないが、致命傷でもない。―――そう、シェラトリスだけが斬ったなら。
シェラトリスに続き、騎士が次々と斬りかかった。どんどん深くなる傷に苦しみ、がむしゃらに動こうとするそれに、着地したシェラトリスたちが足を斬り、動きを止める。
ほどなくして、それは動かなくなった。
(牛もどきは…?!)
「きゃああああっ!!!」
ちょうどその時、騎士が振り飛ばされた。
「っ……。」
もう一人も倒れている。
「そんな…っ!」
シェラトリスが掛けていた水魔法を自力で解いてしまっていた。どうやら水魔法に耐性がある魔法生物のようだ。
騎士を振り払い、クレーメンス一行に向かって再び走り出した牛もどき。
シジュが迎え撃とうと剣を構え……叫んだ。
「今だ!!」
木の上にいた人間が、バラバラと何かを落とした。それは牛もどきにちょうど降りかかった。
「「〈火よ〉!!!」」
木の上から、真正面から、呪文が唱えられた。
ドッカン―――!!
刹那、大爆発が起きた。
思ったより長くなってしまいました。⑤で収まらなかったので、次回、続きとして⑥を出します。