第二話 ハロー,New World.
前回のあらすじ。
僕は、死んだ。
僕は、病院で眠りについて死んだ。……はずだった。
プッ。プッププー。「それでさー……」「えー、ウッソ〜……」ピ〜ポーピ〜ポ〜ピー。
(あぁうるさいな。静かにしてくれ。)
意識が溶けて消えていく時は静かだった辺りが、急に雑多な雑音や人々の話し声に溢れる。
早く行きたい車が歩行者を威嚇するクラクションや、人通りの激しい交差点を忙しなく歩く人々の声が、やけにうるさくて記憶との齟齬が生じる。
「えっ。」
身体がある感覚。ハッ。と目を開けるとそこは、テレビなどのニュースでよく見る交差点のど真ん中だった。
「どうなってるんだ。これ…。なんでこんな所にいるんだよ。」
眼前に広がる人混みの多さときれいに並ぶビル群に圧倒され、今の自分の現状に混乱してしまいその場に立ち止まってしまう。
「今、僕……生きてる。」
(いや、でもついさっきまで体が冷えていって動けなくなっていって……。たしかに死んだと…思ったはず……。)
自分が死んだ記憶と生きてる実感が頭の中でごちゃまぜになって、心と体が追いつかない。
ピッ、ピッ、ピッ、ピポピポピポッ、ピポピポピポピ。
その場でかなりの時間立ち止まっていたのだろう。
信号機の警告音が忙しく鳴り始め、シグナルが点滅して青から黄色に変わっていく。
さっきまで人混みに揉まれていた筈の横断歩道には、他に人がいなくなっていて未だど真ん中で呑気こいているのは、僕一人になっていた。
いつの間にか周りにハッとする。「しまった」と咄嗟に口をついて出た言葉で、脳と体のブレが一致してようやく動けるようになる。
僕は、前後を交互に振り向いてどちらがより近いかを判断する。
(後ろだ。)その場を素早く振り返り、だっと地面を蹴り駆け出す。
「ハッ、ハッ、ハッ、フッ。ハッハッ。」
息を切らして走るその体はかなり重たい。
あと残り半分といった場所で、止まっていた車両側の信号が赤から青に変わり、止まっていた車が走り出した。
まだ僕が残っているのに構わず走り出した車に、驚きを隠せなくなくなる。
迫ってくる車。その車の運転席の様子がわかる距離に。
運転手はよそ見だとか、スマホを見ながらとか、そんな事じゃなくてしっかり前を見据えてある。
僕が眼の前に迫っているはずの前方を見ているのに、本当に気づいてない様子のまま僕に向かって次から次へと車が発車していく。
その時僕は、事故の時の車とせまってくる車が重なって見えて、その時の恐怖が体を彫像の様に固めてそれ以上動けなくした。
近づいてくる、あっ!あと3メートル、2……1メートル。
スローモーションになって見える光景にあの時の衝撃を、痛みを思い出し、鼓動が高まっていく。
何も考えられず目をギュッと閉じて、体に襲って来るはずの衝撃に備える。
(・・・・・・?) 来るはずの衝撃がいつまでも来ないことが不思議に感じて、僕は恐る恐る固く閉ざしていた瞼をそっと開く。
「えっ?」
眼の前の光景は閉じる前と変わることなく車の行き来する、青色車道激戦区といった60km/mの車が我先にと、1メートルの空間に車体をねじ込んでクラクションが飛び交う。そんな光景があった。
ただいつもと違うのは、僕の身体に触れずに透過通過していく車や車に乗っている人間と動物。
そして僕がいないかの様に、周辺の全員が生活している事だけだった。
「え。あ…ァ…ァ…ああ…。」「ああああ嗚呼アアあ……!」
僕だけが排斥された、誰も気にしない大通りに。僕の絶叫が大きく響き渡っていた。