お嬢と王子の幸せの為に頑張った筈なのに何故か俺が迫られてる件について
お嬢と王子の幸せの為に頑張った筈なのに何故か俺が迫られてる件について〜とある馬の話〜
前作を見ないと多分内容が分からないです。
私はアンヴァル。駿馬と謳われた母から生まれ、ご主人様はアーヴィン・カーター。
初めての出会いは彼が九歳の頃、家業の御者を務める為に愛馬を決めにやって来た時。
まだその頃は私も生まれたばかりの小さな馬だった。
いつもだったら何頭も仔馬がいるけど、その時はたまたま私だけで私は仕方なく彼の元へと行ったの。
だって私は駿馬として活躍したかったのに御者の馬になれば客車を引き速度はどうしても出せず、安全第一になってしまう。
そんなのが嫌で私は返されるように彼を拒否し、暴れたりもした。でも彼は諦めず、私から手綱を離すことはなかった。
その頑張る姿に私は絆され、とうとう彼をご主人様と認めた。それに彼をよく見ればカッコいいし、私の好みだったわ。
それから私とご主人様は常に一緒だった。客車を引くのは相変わらず好きではなかったけど、その練習終わりにいつも私の背にご主人様を乗せて走ったわ。
その時は彼とならどこまででも行けそうって、思えたの。
出会ってから二年後、ご主人様のご主人を私の元へ連れて来た。
彼女の名はヴィヴィアナ・オリエンス。綺麗な可愛らしい子だと思ったわ。
そして、直ぐにご主人様の彼女へ向ける視線に気付いた。きっと私が女の子だったからかしら?
報われない想いを抱えながら自分の主人に仕える彼を、少しの嫉妬をこめながら見守る事にしたわ。
それから彼女が出掛ける度に私とご主人様は彼女の足になっていろんなところへ行ったわ。
勿論、彼女の婚約者の元へも何度も何度も。
ご主人様が立派な青年になり、彼女の卒業の日、事件は起こった。
その日は送迎する必要がない事からとご主人様は客車を点検して、私にブラシをかけてくれていた。
「アヴィ!」
「お嬢⁉︎なんでこちらに…」
今日の為に着飾った彼女が何故か私達の元へ来たの。
そしてご主人は彼女に言われるままに準備をして会場へと向かったわ。
彼女を送り、その場で待っていて欲しいと言われご主人様と待ったわ。ご主人様は心配そうにしながら彼女の言った事に悩んでいた。
急にザワつき始めた会場から彼女が泣きながら駆け寄って来た。
驚くご主人様は条件反射で命じられたまま彼女を馬車へと乗せ、屋敷への帰路についた。
そして数日後、私とご主人の最期の仕事が始まった。
道すがらお互い終始無言、ご主人様は彼女に何度も聞きたそうにしていた。ずっと前からそうして、今日が最後のチャンスかもしれないのに、焦ったいと思いながら私は歩き続ける。
あと数キロという所でご主人様はようやく決心して彼女に何があったのか聞いたわ。
私もこっそり耳を立てて話を盗み聴きをした。
…なんなのその転校生!王子も王子よ!彼女の言葉ちゃんと聞いてるの⁉︎
フンフンと鼻息が荒くなるけど気しないわ。
「お嬢!俺は信じてます!だって俺は、」
「止まれ!」
ご主人様が彼女の為に言おうとした言葉を遮り、足止めしようと男が立ちはだかる。
「誰だ!」
「お前に恨みは無いがお嬢さん事始末させて貰おう」
何時もだったら周囲の音に耳を傾けて足音に気付いていたのに、二人の話しが気になって注意散漫だったわ。
後悔が生まれるけど、ご主人様の命令通り走り出す。
あぁ、客車が邪魔だわ!二人が私の背に乗って入れば、あんな奴ら私の脚で振り払えるのに。
そう思っていたら急に左の後脚に強烈な痛みが発生して、思わずその痛みを取ろうと暴れてしまう。
それでも取れず、とうとうズキズキ痛む脚に立っていられずに座り込んでしまう。
…まずい、今ご主人様を振り払ってしまったわ。
慌てて客車の方を見ると彼女が男によって引き摺り出され、刺されてしまった。
驚き目を見開いているとズルズルと重たい身体を引きずりながら彼女に近づく血で赤く染まったご主人様を見つける。
ご主人様は彼女へ向かって手を伸ばし、力尽きたように腕が彼女の身体の上に落ちた。
私は無理矢理身体を起こし、ご主人様に近づいて、鼻先でご主人様に触れても動かない。
あぁ、こうなってしまったのも私が振り払ってしまったせいなのね。私は彼の為にもう走れないのね。
悲しみに暮れていると耳がある音を拾う。
小さいけどまだ動く彼女の心臓の音。いくら人間より耳が良くても、なんで聞こえるのかしら。
この生きている音は何もしなければだんだん小さくなって、やがて止む。
せめてご主人様の大切な人を助けたい。でも、私はご主人様の指示あって動く事ができる。
だから私はどうしたらいいか分からない。彼女の為に何もできない。
ふとピクリと動く指先に気付く。
そんな、あり得ない、だって。
「…」
ふらりと起き上がるご主人様。
彼女の心音は未だに聞こえるのにご主人様の音は聞こえない。だからきっと、もうご主人様は…。
拙い動きで自分の服を彼女の止血する為に縛り付ける。でも出血は止まってない。このままじゃ彼女は、死ぬ。
ご主人様は震える手で私の手綱を握って、虚ろな目が私を見る。
「……」
はくはくと何か言うが声にならない。
けど、私には分かるわ。だって、私は彼の相棒なんだから!
今のご主人様ではあり得ない力を発揮し、彼女を私の背に乗せ、ご主人様も乗ったのを確認して私は走り出す。
痛い脚を無視してただ私は走る。
背に濡れる感触を感じながら、音が消える前に早く速く疾く!
目の前に今日の目的地だった修道院が見えた。あそこは近くに他の施設が無いので充実した医療施設を保有しているとご主人様は言っていた。
門を潜った瞬間ご主人様はバランスを崩してしまった。抱えていた彼女事、地面に落ちてしまう。
私は立ち止まる事が出来ず、ならいっそのこと気付いてもらおうとそのまま扉に激突した。
その衝撃で何事かと人が出てきて、倒れているご主人様達も見つけてくれた。
私の、私達の仕事は終えたみたいね。
やっぱりと言うべきかご主人様は亡くなってしまった。どうしてあの状態で動けたのか、今になっても分からない。神の悪戯かしら?
私も無理をして走ったせいでもう脚が使い物にならなくなってしまったわ。
歩く事さえ難しくなった私はきっともうすぐご主人様の元へ行く事になるわね。
夜遅く、身体に鞭を打ってこっそり小屋から抜け出し、修道院の側に埋められご主人の墓の側に行く。
少しでも貴方の側がいいもの。
私は目の前の墓に話しかける。
ご主人様。あれが私と貴方の最期の仕事だったのは少し悔いが残るわ。結局彼女がどうなったか私は分からないから貴方に教えてあげる事が出来ないのは残念。
でも、いい仕事が出来たと思ってる。
…ねぇ、アーヴィン。貴方は私を大切に、愛してくれて、私は貴方の愛馬で幸せだったわ。
でも、もし叶うなら、もう一度貴方を背に乗せて走りたかったわ。
翌日、小屋から居なくなった馬を探すと彼女の主人の墓で寄り添って静かに眠っていたという。