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⒃『観念の破綻と再生』
⒃『観念の破綻と再生』
㈠
観念の観念的破綻と再生については、述べてこなかった。そもそもが、現実的破綻と再生のことであった、為である。しかし、どうだろう、現実的には、人類は、これまで、破綻と再生を繰り返してきた訳であるし、それが歴史というものを、作り上げてきたのである。
㈡
ところが、観念的破綻と再生となると、これはまた別で、現実からは切り離された、観念上のことであるから、空想に近い、非現実のことになる。非現実は、現実的ではない。つまり、観念的ということは、現実的観念から、遠く離れた場所に、位置しているということになる。
㈢
現実と観念、この、現実≠観念、という図式は、まさに、破綻と再生の差異を、表出するのである。勿論、観念の、観念に於ける、現実≠観念であるから、我々は、其処から、何を学ぶであろう。少なくとも、資質については、終わりのない終わり、としての、観念の観念的破綻と再生の、終わりのない終わりに、終着すると、思われるのだ。




