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⒂『観念の破綻と再生』
⒂『観念の破綻と再生』
㈠
言葉の限界というものは、厳密には存在しないだろう。言葉は派生して、どこまでも新言語が誕生する訳である。もしも、その言語派生が止まったら、それは学問の問題である。日本語の言葉など、この様な言い方はしない、と言う言い方があったとしても、それは強制に過ぎない。
㈡
つまり、その新言語活動において、観念の域で、派生は我々によって、成されるのである。しかし、人類が、言葉の活動を止めたら、其処で破綻は起こり得るだろう。無いとは分かっていても、恐ろしい現象であるが、しかし、その未来に、再生は有るだろう。
㈢
言語の盛隆現象、それは、批評によって壊されるのである。所謂、造語活動こそが、見分に満ちた世界を圧倒し、新たなる世界を創造する。観念的であるが故、其処に創造の余地がある。心には、造語は創造されない、観念で出来上がった造語を、心が話すのである。




