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⒀『観念の破綻と再生』
⒀『観念の破綻と再生』
㈠
苛烈なる精神の向上的放浪は、実に観念を観念化する。そしてまた、観念は破綻し、再生する。この循環作用が、実質的には、生きることの意味を成すということが、当たり前の様であって、当たり前ではないという、不可思議な結語に着地するという事自体が、不可思議である。
㈡
神経は厭わないし、何なら、世界の発展さえも願う、この観念の破綻は、人生の行く末を、末路的に解釈する、一瞬の倫理壁が妨害し、世界を我が物にしてしまう根拠になるだろう。分かるだろう、では済まないのである、再生を予期せねばなるまい。
㈢
また、上質なる思想の変遷によって、自己の人生を改めて画一的に、捉え直した場合にも、精神的剥離は、免れないだろう。しかし、其処に光さえ差し込めば、唯一の希望、が眼前に表出され、現出し、現実を変容させてしまうことは、疑いの無いことなのである。




