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⑿『観念の破綻と再生』
⑿『観念の破綻と再生』
㈠
漆黒なる、眩暈立ち込める、海岸の世界から、絶えず身にまとっている、哲学の様なものが、外界に現出する。観念は、何れ何かを待つものだが、それは、結句、破綻を待つという現象原理に落ち着くことが、何ゆえに我々を納得させるのだろう。
㈡
思いというものは、厳密には、並大抵ではない。それは、海中の遊泳作用から、剥離的に表れる、一種の魔力の様なもので、其処から再生が始まるとして、その原初となる契機は、執筆者の意思に他ならないだろう。意思とは、通念からくる、現象の様でもある。
㈢
そしてまた、感性が世界を捉え直す場合に、改めて、感性を獲得するという、一瞬の解決的解読が、我々を理解へと誘う時、瞬時に、理解は発展へと向かい、その後、再生に近づく訳であって、観念の破綻から再生へと動く推移は、述べた様なことが、一つ言えるだろう。




