第5話 子ドラゴンと戦争の足音
『統魔院』はエルム公国の領土の西端に位置する、ウーラス山脈にその建物を置いている。
統魔院を出て、公国の首都まで降りていく為の手段としては3つある。
一つ目が、地道に山道を歩いていくという方法。
これは一週間以上の時間がかかる上に、山の中に住む『魔物』達にも警戒を払わねばならない為、余程の理由が無い限りは誰も使わない。
二つ目は『瞬間移動機器』による移動。
非常に安全かつ確実な移動方法だが、出発地点と出現地点に置かれたポータルが開いていなければ使えず、ポータルを開き続けるには優秀な魔法使いが五人以上、双方に居なければいけない為、こちらもまた、滅多に使われる事はない。
「エルは何を使った事がある?」
「俺は入院式に合わせて開かれるポータルを使ったぐらいだな。そもそも、魔法とは殆ど無縁の人生だったし」
「ふむ、ならば楽しみにしていると良い。これから使うのは、最もポピュラーだが、一番楽しい奴だぞ」
統魔院の大広間、多くの生徒達が居るそこでノエリスとエイルはもう一人の少女を待っていた。
話が途切れると、ちょうど誰かの走ってくる足音が聞こえる。
「ごめーん、待ったー?」
振り返ると、見慣れた制服では無い、全体的にボーイッシュなデザインの私服に身を包んだ少女の姿があった。
「いや、別に・・・」
「待ったよ。というか、その服は何だね?」
気にしないエイルと、訝しげな視線を向けるノエリス。
クロエが自分の服装を見直す。
「変?」
「変では無いが、何故、その服を?」
ノエリスの疑問は最もなものだった。
ノエリスとエイル、二人の黒を基調としたシックなデザインの制服と見比べると、明らかにクロエだけ浮いてしまっている。
「いやー、折角買い物行くんだし、ちょっとオシャレしようと思って。どう?似合ってる?」
「ん?ああ、似合ってるよ。でも、どうせなら、服装統一した方がいいと思うけど?」
「それなら、向こう行ってから着替えようよ。特に、エイルは制服姿以外見た事ないから、ちょっと楽しみにしてたんだけど」
「ええ、めんどくさいな」
「まあまあ、そう言わずに」
「二人とも、そろそろ行かないかね?行きはともかく、帰りが遅くなるのは少し不味いだろう」
ノエリスの言葉に従って、全員で統魔院の建造物の外に出る。
瞬間、強風が三人の髪を靡かせた。
「「「寒い!」」」
全員の息がピッタリと揃う。
外は結界に守られた統魔院の敷地内と比べると、恐ろしい程気温が低かった。
そこから寒さに耐えて歩く事5分、山にいくつか存在する自然洞窟に人の手の加えられた、大きな洞穴が見えてくる。
「うーん、俺は常にいるわけじゃないからな」
「そうですか、エイン先生に飼って頂ければ安心なんですけど。ほら、他の先生は魔物に対して余り良い感情を持っていらっしゃらないでしょう?」
「なら、後で校長にも尋ねてみましょうか?この後会うので」
「お願いします」
入り口で話していたのは、初老の女性と魔法学の教諭だった。
一刻も早く風から逃れるために、エイル達が洞穴に駆け込むと、エインが声をかけてくる。
「おお、首席ちゃん達か」
「こんにちは、エイン先生。ミーナ先生も」
クロエが二人に挨拶すると、ミーナと呼ばれた女性教諭は、驚いたように片眉を上げた。
「おや?私の事も知っているとは、勤勉な事です」
「いえ、『ドラゴンライダー』の二つ名を持つ先生の事を知らない生徒なんて居ませんよ。ね、ノエリスちゃん」
「そうですね。戦闘部門にそこまで興味の無い僕でも先生の名前は知っています」
少女二人の支持を得たミーナは、眼鏡を取り外して目頭を抑える。
「ああ、素晴らしい生徒を持ちましたね。エイン先生」
「ええ、授業にちゃんと出席しますしね・・・あ、こいつらなら良いんじゃないですか?」
「な!?生徒ですよ!?」
「一人なら駄目かもしれませんが、三人ならちょうど良いと思いません?毎週、俺も様子窺いますし」
「ふむ・・・」
考え込むミーナにクロエが尋ねる。
「どういう事ですか?」
「ああ、そうですね。まずは、貴方達にも見せましょう。ついてきて下さい」
女性教諭に案内されたのは、秘密の研究所じみた白い建物だった。
中には簡易なベッドと様々な器具の散らばる机、大きめのクローゼットがある。
「この子が何か分かりますか?」
ミーナがベッドの上に置いあった白い毛玉を抱えあげる。
クッションか何かかと思っていたそれは、よく見ると呼吸しているのがわかる。
「・・・これは、ドラゴンの幼体ですか?」
「イエス、『ホワイト・ピース』と呼ばれる龍種で、性格は温厚、穏やか、龍としての能力値は他のより低いが、その代わりに優秀な魔法適性と知性を持っている」
エインの説明を聞いて、ノエリスが食い入るように眠るドラゴンの赤ちゃんを眺める。
「ホワイト・ピースは、ドラゴンという種族ほぼ全てに共通して存在する牙の猛毒が存在しないというが、本当なのか?それに、この羽毛も、龍なのに炎を操らず、自らの体内に熱を溜め込まないもから・・・やはり、本で読んだだけだと実感できない知識が多いな」
夢中なノエリスは一旦無視して、エインがエイルとクロエに向き直る。
「単刀直入に聞くけど、君らさ、ドラゴン飼う気は無い?」
クロエが答える。
「ドラゴンの飼育は、専門家でも失敗する事があると聞きますが?」
「それは調教の話、仲良くなる程度なら俺でも出来るよ。それに、ドラゴンを飼育する事のメリットは大きい」
エインの言う通りだった。
ドラゴンはその全身が高位の武器や薬の素材となるため、殺さずとも成長で剥がれ落ちた鱗などは、高価で取引される。
また、それだけで無く、ドラゴンと個人的に友好を持てるということは、大きな利点がある。
だが。
「・・・俺も時間があれば手伝うからさ、どう?」
クロエの懸念点はそこでは無かった。
エインの意図が分からない事が問題なのだ。ここまで、この話はクロエ達に都合が良すぎる。
「是非とも!二人とも、構わないだろう?僕が責任を持つから」
ドラゴンの観察を終えた少女が割って入ってきた。余りにも無警戒のような気がするが、そもそも教師を疑う方がおかしいと言われればそれまでだ。
「・・・まあ、良いですけど、経緯を教えてくれませんか?何で、私達なんですか?」
せめてもの抵抗として、納得できる理由を求める。
答えたのはエインでは無く、女性教諭の方だった。
「私の相棒だったドラゴンの子供です。名前は雪風。去年の銀蘭の節に産まれたのですが、今年の春前に親が死んでしまい、育ててくれる者を探していたのです」
「失礼ですが、先生方が育てるのは?」
「私やエイン先生は無理です。仕事の関係上、この子を連れて行けないような場所に行くことも多いですから。他の先生方は、その、魔物に余り良い感情を抱いては居ませんからね。調教は任せられても、飼育は任せられません」
ある程度状況はわかってきた。詰まるところは消去法でクロエ達が選ばれたという事だろう。
ノエリスも乗り気であり、断る理由も無くなった為、渋々頷く。
「・・・まあ、分かりました。この子の面倒を見れば良いんですね?」
「本当ですか、助かります!飼い方は後で端末に送っておきますが、分からない問題があったら直ぐに私か、エイン先生に聞いて下さい」
二人が話していると、ミーナの抱える雪風が目を覚まし、部屋の中を飛び回り始めた。
そして、エイルの目の前に来ると、エイルの事をじっと見つめる。
「おや、結構人見知りする子なのに、珍しい。エイルさん、宜しければ両手で抱えてあげてください」
ミーナに言われるがままにその小さな身体を抱える。見た目以上に軽く、暖かい。
「エル、僕にも触らせてくれ。うおお・・・柔らかいし、暖かい」
「さて、話も纏まった事だし、俺はそろそろ行こうかな」
エインの言葉にようやく、クロエ達三人も本来の目的を思いだす。
時計を見てみれば、時刻は既に2時を回っており、これでは少ししか街にいれない。
「すみませんが、私達もそろそろ・・・」
「ええ、引き留めてごめんなさいね?」
「いえ」
洞穴の中の建物から出て更に奥へ進むと、崖の側面に出た。
道がぷっつりと途切れており、ぎりぎりの場所に立て看板が刺さっていた。文字がかすれて呼びづらいが、『ドラゴン発着場』と書かれている。
エインが口笛を吹くと、一匹のドラゴンがやってきた。深い藍色の鱗に光沢を纏った、綺麗なドラゴンだ。
「こいつは吹雪、俺の相棒だ。お前らも・・・いや、やっぱ普通にドラゴン貸してもらった方がいいか」
エインがドラゴンの背に乗り、先に飛び立つ。
次いで、クロエが洞穴の壁に掛けられたハンドベルを鳴らすと、更にもう一匹、翡翠色で、エインのドラゴンより一回り程大きいドラゴンがやってくる。その首にかけられたネームタグには『鳳城』と書いてある。
ノエリスが得意げに言う。
「これが魔法使いにとっての移動手段、ドラゴンだ。魔物たちが徘徊する危険な空域をものともせずに駆けていく。なかなか快適だぞ」
エイルの手を取ってノエリスが鳳城の背に付けられた鞍に座る。最後にクロエがハンドベルを戻してから乗り込み、手綱を握る。
「お願いね、鳳城」
クロエが声をかけると、鳳城と名付けられたドラゴンは不機嫌そうに嘶き、飛び立つ。
そして、先を行っていたエイン達に追いつく。
「ん、追いついたか。鳳城、こいつらのことよろしくな?」
翡翠の龍は蛇のように細い瞳でジロリとエインを睨むと、それきり無視する。
「相変わらず、愛想の無いやつだな。な、吹雪」
エインが自らの駆るドラゴンに語り掛けると、そのドラゴンはその通りだと言いたげに鳴く。
「ところで、お前らはどこへ?」
「私たちはエルムの首都へ買い物に。先生はどちらに?」
「ん、俺はちょっと待ち合わせでな。行先はお前らと同じだよ」
会話が途切れる。その後は、ドラゴン同士が接触しないよう、少しエインに先先へ行ってもらい、雲の下をそれほど速度を出さずにゆっくりと飛行していたが、突如、地面から放たれた幾筋もの光線がエイル達を襲った。
「吹雪!」
苦し気に呻くエインのドラゴン、どうやら翼膜を撃ち抜かれたようであった。
幸いにしてエイル達のドラゴンには攻撃が当たっていないが、このままではいつ当たってもおかしくない。だが、少女たちの対応は早かった。
「クロエ君、防壁魔法を!」
「もうやってる!」
ドラゴンに当たりそうな光線が弾かれる、エインの方を見ると、そちらも初撃以外はきっちりと防いでいた。だが、傷が原因か、高度が落ち始めている。
「下を見たまえ!」
ノエリスの言葉に従って下を覗くと、ドラゴンが七匹、それぞれに人を乗せて向かってきていた。
この状況で味方、ということはあり得ない。クロエたちが迎撃態勢に入ろうとすると、エインのドラゴンが急降下して、ドラゴンたちの方へ向かっていった。
同時にクロエの端末が震える。
「あー、聞こえるか?」
「先生!?あれは!」
「無駄話してる暇はない。手短に行くぞ。悪いが、エルムに着いたら『プライムビッツ』って店に行ってくれ。んで、そこにやばいくらい綺麗な、銀髪の女がいるからそいつに襲われたことを伝えてくれ。では、健闘を祈る」
その言葉を最後に通信が途切れる。
下の方では未だに戦闘が続いており、どうやっているのか、エインは七人をたった一人で抑え込んでいるようだ。
手助けに行きたいが、クロエとノエリスならまだしも、エイルがいては足手まといになりかねない。
そう判断して、ドラゴンに一刻も早く空域を抜けるよう指示を出す。
魔法の防壁では防ぎきれない風が強く三人の全身を叩くが、文句を言う者などいない。
そして、三人が追手が来ないことを確信できたのは、エルム公国の首都が見え始めたころだった。




