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黒鉄の騎士団  作者: かなん
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第四話 戦闘術と買い物


 桜の花弁の舞い落ちる中、二人の少年と少女が対峙する。

 互いの手に構えられた刃渡り五十センチ程のショートソードと片刃のバスタードソードは、下手をしなくとも致命傷に繋がりかねないものだ。


 「321、れでぃー・・・ごぉ」


 気の抜けるようなスタート合図と共に少年が走り出す。


 「ッ!」


 ショートソードの一閃が少女の首のあった位置を切り裂く。現在の彼女の首からは、十センチ以上離れた位置だ。


 余裕を持った回避、それは少女が少年の動きを見切っている証拠だった。


 「大振りになってる!ショートソードなら、もっとコンパクトに!」


 「分かってる・・・よ!」


 僅か一度のやり取りで動きを修正、より最適化された動きで少年が攻撃を繋げるが、僅かに身体が流れて、大振りになった一撃を少女の掌に受け止められる。


 「な!?」


 刃物と少女の掌、常識に乗っ取れば後者など斬り裂かれて終わりなのに、彼女はそれをいとも容易く覆し、剣を掴み取ると何らかの武術を使ったのか、片手で少年の事を地面に組み伏せた。


 「しゅーりょー」


 第三者、ノエリスの一言で試合が終わる。


 因みに、ここまで、右手に握られたバスタードソードは一度も使われておらず、彼女ーークロエは実質、片手でエイルの事を制圧したのだった。

 

 「エイルは、まだ魔法使いの戦いと一般人の戦いの区別がついていない感じがするね」


 クロエの講評にエイルが頷く。


 「どう違うんだ?」


 「例えば、さっき私は君の剣を掌で受け止めたけど、これは何でだと思う?」


 「クロエが凄いから・・・って訳じゃ無いんだよな?」


 「私が凄いのは間違って無いけど、そう。その理由は、これ」


 クロエが掌を見せつけてくる。白くて細いのに、柔らかい綺麗な手だ。

 だが、よくよく注視すると、彼女の手を覆う液体とも、気体ともつかない何かが見える。


 「これは魔法使いにとっての最大の武器、魔力。魔法学で習ったのはこれに属性を持たせて魔法を起こす方法、けど、戦闘に携わる魔法使いが魔法に回す魔力は二割程度なの。その理由がこれ」


 クロエがそれまで手にのみ纏っていた魔力を全身に回し、軽く腕を振る。

 すると、突風が吹き荒れ、地面に落ちていた花弁を巻き上げた。


 「魔法使いの戦闘における魔力消費の大部分を占める『ブレイヴ 』、全身に魔力を纏って五感と身体能力を上昇させる、高等技術よ」


 「高等技術って事は、全員が出来る訳じゃないのか?」


 エイルに訊ねられたクロエが頷く。


 「そうね、けど、騎士団の上位部隊に入るには必須技能とされているわ。まあ、いきなりは難しいだろうし、まずは魔力を一部分に集中させる事からね」


 「とはいえ、無理はしない事だ。それはクロエ君がおかしいだけで、僕を含めて院生の殆どはまだ出来ない技術だ」


 「おかしいって酷くない?」


 「褒め言葉だ。素直に受け取っておきたまえ」


 最初の授業である『魔法学』が終わってから一週間と少しが経った頃、『基盤学』を何事も無く終えた三人は次に来る『戦術学』に向けた予習を行なっていた。


 「そういえば、エイルは魔法使いとしてじゃなくて、一般人としてはちょっと戦い慣れてるよね?普通、あんな風に身体動かす事ないでしょ?」


 「いや、元々俺は『魔装』の研究所にいたからね、『魔装』自体は使わなかったけど、実際の使用感を確かめる為に、魔法的な機能を除いた『機装』による模擬戦は結構やってたんだ」


 「なーるほど、通りで」


 納得がいったと頷くクロエは、自分の大剣デバイスを元のブレスレットへと戻してノエリスの方へと向き直る。

 

 「ノエリスちゃん、今日はこの後時間ある?」


 突然話を振られてノエリスが首を傾げる。

 そもそも今日は丸一日、エイル達と『戦術学』の予習を行なうつもりだった。


 「まあ、あるな」


 ぶっきらぼうな彼女の返答にクロエはちょうど良かった、と、手を合わせて、可愛らしくウィンクする。


 「ならさ、ちょっと街まで買い物行かない?」


 「は?」


 訳が分からない、ノエリスの胸中はそんな言葉で埋め尽くされた。





 早朝から行われた予習、春先という事もあって気温は高く無かったが、それなりの運動をすれば生理現象として汗をかいてしまう。


 『統魔院』首席入院生である前に、一人の少女であるクロエは、流石にそのまま買い物には行けず、女子寮に備え付けのシャワールームに入っていた。

 

 「クロエ君、済まないが、シャンプーを貸してくれ」


 シャワーの水音に紛れて隣から聞こえてくる無遠慮な声、派閥勧誘を蹴った今の彼女にこんな接し方をするのは一人しかいない。


 「ノエリスちゃん、昨日もシャンプー忘れてなかった?」


 ノエリスの身長では仕切り越しにシャンプーを手渡すのが難しい。

 必然、クロエがノエリスの側を覗き込むようにして渡す事になる。


 すると、ノエリスが空の容器を振ってため息を吐いたのが見えた。


 「買い足すのを忘れていたんだ。というか、そうじゃなかったら買い物には付き合わない」


 「あー、じゃあ、本当に丁度良かったね」


 「良いものか、スタートダッシュで転んでしまえば、追いつくのが難しくなる。エルにとっては今が重要な時期だ。時間を無駄にする訳にはいかないというのに」


 エイルを思って愚痴る少女に、クロエが訊ねる。


 「ノエリスちゃんってさ、どうしてそこまでしてエイルと一緒に居ようとするの?」


 純粋な疑問だった。

 今、態々予習などしているが、そもそもエイルの事を切り捨てれば、二人の成績ならば学院側からの推薦を貰う事は容易なのだ。


 だというのに、ノエリスは敢えて余計な苦労を背負おうとしている。


 思えば、クロエは流れ的に派閥の勧誘を断ってしまったが、ノエリスは最初から派閥に入ることなど考えてもいなかった。


 また、エイルは知らない事だが、『魔法学』の予習内容もエイルの為に彼女が殆ど一人で考えていた。


 クロエの知る限り、ノエリスは常にエイルと一緒に居る為に、否、居てもらう為に努力していた。


 少なくとも、ただの友達に対する態度じゃないのは確かだ。そう考えての、少々、野次馬的な興味を込めた質問だったが、返答は予想外のものだった。


 「・・・考えた事も無かったな」


 「と、いうと?」


 「言葉通りの意味だ。僕はエルが側にいる事が当たり前だと思っていた。これまでも、これからも・・・改めて考えてみても、離れない理由はいくらでも思いつくが、離れる理由は全然出てこない」


 ノエリスが、さも当然とばかりに語る。

 その様子を見て、クロエは『魔法学』のあった日の出来事を思い出した。



 「・・・今、何時?」


 「おはよう、寝坊助殿。安心したまえ、まだ6時だ」


 エイルが目を覚ました頃には、既に辺り一面が夕陽で赤く染まっていた。

 クロエが頭を下げるエイルに、気にしないよう伝える。


 魔法学の授業では、ほんの一部しか努力の成果を見せることは無かったが、エイルはこの数日、まさに寝る間も惜しんで勉強していたのだ。

 クロエにそのことを責める気は無かった。


 「意外と長く寝てたみたいだな。二人には迷惑をかけた、この埋め合わせはまた今度するよ」


 エイルは立ち上がって体を伸ばすと、そのまま男子寮の方へと歩き出す。


 すると、持参した紅茶を飲んでいたノエリスがストレートに尋ねた。


 「ところで、エル。先程、私が口を滑らせてしまって、クロエ君に君の入学の経緯が少しバレてしまった。話しても良いかね?」

 

 一瞬、エイルが息を詰めた、ように見えた。

 クロエがその真偽を確かめるよりも早く、平静に戻ったエイルは首を振る。


 「一応、このことは誰にも話さないようにしてるんだ。謎があることは知られてもかまわないが、俺自身がその謎を明かすようなことはしたくない」

 

 「それが将来の仲間だとしても」、そう続けたエイルに実は起きて話を聞いていたんじゃないかと疑いの視線を向けるが、彼の表情を伺っても分かることはなにもなかった。

 




 


 


 

 


 


 

 


 


 


 

 


 

 

 


 

 

 


 

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