第三話 初授業と評判改善
ブクマ、評価を貰えたら喜びます。
「大体五十人か、意外と集まったなぁ」
『魔法学』第一回目の授業、開口一番にそう言って述けたのは、緩い黒衣のローブに身を包んだ痩身の男性だった。
二百と少しの人数がいる訓練生の内の五十で多いというのは、どうかと思うが、例年では、三十人程しか参加しないらしいので、今年の出席率はかなり高いと言える。
「さて、まずは自己紹介だ。俺はエイン・レムナント、今学期の『魔法学』を教える事になってる。
テストは結絶の節と終始の節に行う二つだが、俺はどちらも実技による判定をするからそのつもりで。質問ある?無ければ、授業に入るけど」
生徒達からの質問が無いのを確かめて、エインは腰に差した三十センチ程の錫杖型のデバイスを引き抜く。
そして、その錫杖を自らの身長程に伸長させると、それを一回転させていくつものホログラムを創り出した。
「よし、じゃあ、まず、説明するまでも無いとは思うけど、言っておくと、魔法とは極限にまで発達した技術だ。奇跡なんて、都合の良い言葉に置き換えないように。
筋肉がカロリーを消費して仕事をするように、魔法は霊体が魔力を燃料にして発動する。
ここまで言えば分かると思うが、魔法に必要な物は魔力と霊体だ。では、ここで質問、魔法使いとそうで無い者の違いは何だと思う?ほい、首席ちゃん」
エインが錫杖でクロエを指す。
すると、彼女は、まるで指されるのを待っていたように、淀みなく答えを返した。
「魔力を生み出す器官、『魔造器』の有無です。霊体は全ての人が持っていますが、魔法を使えない者には魔造器が存在しません」
「その通り、魔法使いの霊体はそうでない連中と構造が若干異なる。その内の一つが魔造器という訳だ。また・・・」
エインが錫杖を振るうと、霊体構造を映したホログラムの心臓部に紅い光が灯り、『魔造器』という名称がつけられる。
更にいくつかの操作をすると、胸部がアップにされたウィンドウが開かれ、魔造器の周りに六種の模様が浮かび上がった。
「魔法は六種類の基本系統属性から成り立つ。んじゃ、俺と名前が似てる、エイル、六属性を答えてくれ」
エインが言うと、他の生徒達から嘲笑が漏れる。答えられる訳が無い、と言わんばかりの反応。
だが、彼らの予想は裏切られた。
「炎、水、風、土の四元素と、陰と陽の二元互根です」
過不足無い完璧な返答、生徒達は言葉を失い、エイルの両隣に座る少女達は得意げに笑う。
「グッド、四元素は一般的だが、二元互根という記述は書いてある書物が少ない。よく見つけたね」
エインはエイルを手放しに褒めてから、今度は錫杖を取り囲むように六属性分の魔法を展開する。
よく見ると、それぞれの属性を持つ小さな魔法の球体は、相反する属性と距離を取ろうとしているのか、不規則に震えていた。
その様子を背後のホログラムに拡大して見せながら、話を続ける。
「次に魔法における基本原則、魔法は難易度の高い魔法になってくるといくつかの属性を混ぜ合わせる事で威力を高める事が必要になってくる。
だが、炎と水、風と土、陰と陽、こいつらの事を反対属性といい、反対属性を取り込んだ魔法の使用は難易度が極端に跳ね上がる。
その理由は・・・んじゃあ、折角近くに居るんだし、ノエリス、答えてくれ」
ここで初めて講義室内に純粋な疑問符が浮かび上がった。
というのも。
「それについては・・・まだ、正確な答えを出す事ができません」
この問題は、正式名称を反属性混成魔法という。
魔法界三大難問の内の一つとされており、ノエリスの言った通り、答えが出ていない。
「その通りだ。だから、推測でもいい、答えられるか?」
エインもまたその答えを肯定して、その上で彼女に無理難題を突きつけた。本来なら、嫌がらせにしかならないようなその行為、だが、問われた彼女は、歴代で七人しかいない、入試試験の筆記で満点を叩き出した才女だ。
答えの用意されていないその問い掛けに恐れる事なく、予め考えていた結論を少女が語り出す。
「僕が思うに、この問題の・・・」
そして、約10分程のその推測を聞き終えたエインは最後に拍手をもって彼女を称えた。
「エクセレント、騎士団の研究部の連中でもここまでしっかりした理論に基づいた考えを持つ奴はそうそう居ないだろう。君にはテストで追加点をつけるよ。
さて、今日の講義はここまで、残り時間は魔法の実技に使う」
そう言って、エインは杖の一振りで練習の的になる泥人形を生徒達と同じ数だけ出現させる。
「説明が遅れたが、俺の授業は概論2割、実技8割だ。何事も理論を覚えて即実行ってのが俺の持論なんでね。頭で理解したら、今度は身体で覚えるまで叩き込む、そうすれば忘れないだろう?じゃあ、わからない事があったら直ぐに聞くように」
☆
騎士団に新たな派閥を作るべく、騎士団側からの引き抜きではなく、成績優秀者として学院からの推薦を勝ち取ろうと努力し始めたエイル達だったが、彼らの思惑とは違った所で利益が出た。
授業を受けた者達からのエイルの評価が格段に良くなったのだ。
まだ、疑う者の声も多いが、僅かながらエイルがこの学校の生徒として相応しい、また、相応しくあろうとしている事を認める者も出始めた。
「1回目の授業、お疲れー!」
「おー」
「・・・」
いつもの花園、クロエが喝采を上げるが、他の二人のノリはイマイチ良くない。
「ちょっと、何でそんなテンション低いの!?」
「僕がそういうタイプじゃないのは知っているだろう?そして、そこの男は連日の徹夜で限界を超えた」
ノエリスが指差すのは、丸テーブル(勉強の為とクロエが持ってきた)に突っ伏したエイルだ。
魔法についての知識がこの学院生としては余りにも乏しいエイル。人並み以上になる為に、この一週間、二人の少女によるスパルタ教育を受けてきた。
「でも、一番の問題だと思っていた魔法学がこの調子ならいけるよ。基盤学と魔導工学は悪く無いんでしょ?」
「ああ、それは長年の付き合いである僕が保証しよう。寧ろ、魔導工学は僕達よりも詳し・・・あ」
そこまで言って、自らの失言に気付いたノエリスが口に手を当てる。当然、それを見逃さなかったクロエが彼女に詰め寄る。
「やっぱりそうなんだ?」
「忘れてくれたまえ、僕も疲れていたようだ」
「いやいや、流石にそれじゃあ、私も引き下がれないな。それに、同じ派閥を組む以上、隠し事は無しの方が良いと思わない?」
誤魔化しきれないと悟ったのか、ノエリスはため息を吐き出して眼鏡を外すと、眉間を揉んだ。
「まあ、それ程隠す意味も無いから良いんだけどね・・・一応、エルが起きてからにしよう。人の事情を勝手に話すような、無作法な真似は好きじゃないんだ」




