一話 入院式と首席入院生
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静寂の中、その儀式は行われていた。
百と少しの騎士達と、二百七名の訓練生達が一挙に集まりながら、物音一つ立たない。
そして、嗄れた老婆の声がまるで水面の波紋のように広がる。
「新入生首席。クロエ・ユースフォルト、前へ」
「はい」
凛、と。
そう形容する他無い程に、鋭くも、聞き心地の良い声で返事をしたのは、一人の少女だった。
幼さを残したあどけない美、とでも言うべきだろうか。
不完全でありながらその不完全さにより成り立つ、触れ難い、幻想的な美しさを纏う彼女は、腰の辺りまで伸ばした銀髪を揺らしながら歩き、壇上へと上がった。
彼女の名を呼んだ老婆と向かい合い、彼女が膝をつくと、老婆は持ち運ばれてきた一振りの剣を少女の喉元へと突きつける。
「クロエ・ユースフォルト、磨き抜かれた貴殿の叡智と武威を讃え、騎士の剣を進呈する。今後も研鑽に励むが良い」
「ありがとうございます」
彼女が剣を受け取り、老婆へと返還する。
命を取ろうとした剣を受け取り、それを返す事により自らの命を相手へと捧げる。そんな意味合いを持つその行為は、毎年、首席入院生によって行われるのだ。
最後に、両手の上に置かれた剣を老婆が受け取り、首席の少女が騎士達へと一礼する。その一連の動作が終わると同時に、少女へと細波のような拍手が贈られた。
今日は、毎春の節の一日目に行われる『統魔院』の入院式、多くの人々が新たなる騎士の卵の誕生を祝福する日だ。
☆
「入院試験結果を公表するのは悪い習慣だとは思わないかい?我が友よ」
「僕はそうは思わないよ。愚かな事に、人とは争いが無ければ成長しない生き物だからね・・・それに、君がそう言うのは君の散々なテスト結果故だろう?」
夕陽で赤く照らされた花園で少年と少女が話していた。
容姿はまるで似ていないというのに、身に纏うどこか達観したような、穏やかな雰囲気がよく似ているせいか、兄妹のような印象を周囲に与える二人だった。
花を愛でながら話す彼らは、側から見るに、気の置けない間柄であるように見える。
「そりゃあね。何しろ、こっちは魔法とは無縁の人生を送ってきたんだ。三日かそこらで、あんなテスト出来るわけないだろ」
「三日かそこらもあれば、教科書を暗記する程度は出来るだろう。結局は必死さが足りないのだよ。君は」
辛辣な物言いの少女は、筆記が満点、実技が七割程、両方とも四割取れれば合格出来ると言われる程のテストでその結果は十分に優秀と言えるだろう。
「さて、僕は新入生歓迎会に呼ばれているので失礼するよ。出来れば君にも来て欲しいんだが・・・」
「いてら」
「やっぱり?」
「呼ばれてない上に、行きたくも無いパーティに参加する趣味は無いよ」
そう、入院式が終わった直後に生徒達の間で画策された歓迎会、それに少年は誘われていない。
少女が参加証として渡された金貨を少年は受け取っていないのだ。
渡し忘れた、という事はないだろう。
何しろ、少女が金貨を受け取った時、少年も隣に居たのだから。
少女が思案してから頷く。
「ふむ、では、気乗りしないが一人で行くとしようか。お土産にスイーツでも持ってくるよ。すぐ帰ってくるから、君はここで待っていたまえ」
「え、普通に寮に帰りたいんだけど」
「何だね、どうせ寮に帰っても居場所は無いだろう?この僕と外出時間ギリギリまでいたほうが時間の有効活用だ」
「あー、おいちょっと・・・行っちゃったし」
少女は一切の疑いなく言い放つと、さっさと行ってしまう。残された少年はため息を吐いてガゼボのベンチに座る事にした。
彼女の横暴は今に始まった事じゃ無い。長年の付き合いから、悪意からそうしている訳では無い事が分かる為、特に気にする事はないが、あれでは普通の友人が作れるのか不安になる。
(まあ、俺が気にする事でも無いけど・・・)
時間を持て余して、少女に言われた通り少しでも勉強しようと、端末にインプットされた教科書にアクセスする。
しばらくページをめくっていると、何者かが花園にやってきた。先程まで話していた少女が帰ってきたのかと顔を上げるが、視線の先に居たのは違う人物であった。
(・・・あれは、首席の子?)
輝くような銀髪を揺らす少女は、入院式の時と同じように自信に満ちた足取りで少年の前までくる。
「隣、座ってもいい?」
「・・・向かいのベンチ、空いてるけど?」
尋ねてきた少女にそう返すと、彼女は面食らったような表情になってから、拗ねたように少し唇を尖らせた。
「分かってるよ、その上で聞いたの。で、ダメなの?」
「まあ、良いけど・・・」
「じゃあ、失礼するね」
少女がちょっとだけ間隔を開けて座る。
流石にこの状況で端末を弄るのは無礼だと思い、少年が端末をしまうと、それを待っていたように少女が声をかけてきた。
「エイル・リステリアさん、であってる?」
名前を知っている事に驚きはしない。認めたくは無いが、少年、エイルは首席である目の前の少女と同じくらいには有名人だからだ。
「あってるよ、ユースフォルトさん」
意趣返し、という訳では無いが、僅かな反発を込めて彼女の名前を口にする。しかし、彼女はまるで気にせず、寧ろ嬉しそうに笑った。
「私の名前覚えててくれたんだ?けど、私の名前呼ぶんだったら家名じゃなくてクロエって呼んで欲しいな。私もエイルって呼ぶからさ」
人によっては図々しいと思えるような距離の詰め方だが、不思議と嫌な気がしないのは彼女の纏う雰囲気故か。
特に断る理由も見つからず、了承する。
「・・・分かったよ。ところで、ユー、クロエは何でこんな所に?歓迎会、行かないの?」
「あはは、行ったんだけど、つまんなくて直ぐに抜けてきちゃった。先輩達も、歓迎会というよりは自分の派閥に入れたがってる感じだったし」
「派閥?」
聞き覚えの無い単語にエイルが首を傾げる。
しかし、彼女が答えるより速く、エイルの待ち人が帰ってきた。
「エル、帰ったぞー・・・む、クロエ君、歓迎会で見ないと思ったらこんなところにいたのかね」
「あ、ノエリスちゃん・・・いや、ちょっと勧誘がめんどくさくて」
ノエリスが納得がいったように頷く。
「あー、まあ、有望な君にはどの派閥も入って欲しいんだろう。良い事じゃ無いか、少なくとも歓迎会にすら呼ばれないそこの男よりは」
「その情報、今、話す必要あった?てか、そう、派閥って何?」
「うん?ああ、そうか。外部入院生の君は知らんのか。派閥は簡潔に言うと、チームのようなものだよ。騎士団の中にいくつかの派閥があって、院内にもその関係性が続いているんだ」
「へえ、やっぱり入っていた方が良いの?」
「そうだな、騎士団に入る時には派閥に入っていないと結構不利だ・・・というか、入団できないんじゃ無いか?」
「あー、成る程・・・」
ガックリと肩を落とす。
将来有望な者を望むのならば、少なくともエイルは明らかに対象外だ。
そもそも、外部入院であるというだけでも風当たりが強いというのに、その手口にも問題がある少年を入れたいと思う派閥は無いだろう。
慰めるようにノエリスが口を開いた。
「・・・まあ、君の場合は気にしなくて良いだろう。例外に例外が重なっている訳だし」
「だと良いんだけどね・・・」
余り楽観的には考えられず気を落とすエイル、ノエリスも、流石にそれ以上かける言葉が見つからないのか、黙り込んでしまう。
その時、丁度外出時間の終了を告げる鐘が鳴り響いた。
『統魔院』の訓練生達は、特別な用事が無い限りは午後7時以降の外出を許されていない。
鐘がなるのはその10分前であるため、学院敷地内にいるなら、多少時間の余裕はある。
「まあ、僕の方でもどうにかならないか考えておくよ」
「そうね、乗り掛かった船って事で私も考えておくわ」
「よろしく頼むよ」
そう言って、それぞれの寮に戻ろうとすると、思い返したようにノエリスが近づいてきた。
「そうだ、これ。君の寮に置いておいてくれたまえ」
手渡されたのは一本のシャンパンボトル、彼女は「明日にでも飲もうじゃないか」と、言い残して女子寮の方へと歩いていく。
残されたエイルは昔馴染みの相変わらずのマイペースさに苦笑いしつつも、歩き出した。




