当て猫娘と野獣の初恋
プレゼントが一つ、二つ、三つ、四つ……増えても増えても、満たされない。
「綺麗な宝石、綺麗な洋服、山のようなお金に、お菓子……はぁ」
これらはすべて詫びの品だ。
もしくは、お礼の品かもしれない。
誰もが自分の幸せを優先させ、そして残された私への罪悪感を プレゼントで誤魔化す。
「やっぱり、私って可哀想なのかなぁ……」
この世界は、猫種と龍種と人種が住んでいる。猫種は猫の耳と尻尾を持ち、龍種は龍の姿と人種の姿を持ち、人種は猫種のような耳と尻尾を持たず、龍種のようにもう一つの姿を持たない者達だ。
姿は違えど長い間同じ世界で過ごしてきた私たちは、争ったりもしたこともあったが、今はそれなりに共存している。
そんなわけで戦争がないとは言わないが、世界はそれなりに平和だ。
でも私の周りだけは平和ではない。というのも猫種と龍種は、ちょっと人種とは違い、フェロモンで恋愛する。人種が変な妄想しているような催婬効果はなく、フェロモンの好みで恋が始まる感じだ。猫種である私も同じようにフェロモンで恋をしたいのだけれど、私は同種のフェロモンを上手く感じとれなかった。
逆に私のフェロモンは、何故か近くにいる別の子のフェロモンが素敵に感じる相乗効果があるようで、私の近くではカップルが乱立する。
「まるで呪いだものねぇ」
私がこの変な体質を持ったのは魔女の祝福のせいらしい。魔女とはこの世の理を変質させる力を持つ者の総称で、産まれたばかりの頃に『運命の相手と結婚できますように』と祝福をプレゼントされたそうだ。
その結果、運命以外のフェロモンが分からず、周りも私に恋できないようになった。
そんな事になっていると初めて気がついたのは、私のために連れてこられた婚約者が妹と恋をしてしまった時だ。猫種は恋愛結婚が多いので、最終的に父は妹との婚約を許したが、家督は私が継ぐということを決めた。たぶん父は、今後も私が結婚できない可能性にいち早く気が付き、私の将来を案じたのだろう。
その後も似たような事例が発生し、祝福が原因ではないかという結論となった。それ以来、私を利用する者まで出てきて、ついた名は【当て猫娘】。人種の言葉にある当て馬をもじり、必ず別の雌と比べられ恋愛に負ける猫種と影で言われるようになった。
家督は継げるし、プレゼントも一杯である意味安定している。でもずっと独り身の私を皆は可哀想だという。
そうかもしれない。でも恋をできない私は、恋する幸福も分からない。だから自分では不幸なのかどうかも判別できない。
「姉様、新しい婚約申し込みが来たわよ!」
「えええ。もう面倒なんだけど。このままでよくない?」
猫種は気まぐれ、飽きっぽい。私もそんな種族の性を継ぎ、この問題に早々に飽きて、運命を積極的に探してはいない。しかし私の婚約者と結婚してしまった妹は、結構なリアリストだった。
「何のんびりしているのよ。運命とはとりにいくものよ」
「とかいって、私が伯爵以上の爵位持ちと結婚してそっちの籍に入ることになれば、家督を貴女が継げるからでしょ」
私の元婚約者は、公爵家の三男だったから、婿養子予定だったのだ。それが一転、妹と恋に落ち、今は爵位もなく外で働いている。安定した生活が欲しいなら、伯爵位を継ぐのが一番。でも私の嫁ぎ先がない限り、次期伯爵は私だ。
「えへへ。まあね。下心はあるよ。でも姉様、この先もずっと独り身なんて寂しいわ。私は心配してるの。私が婚約者を奪ってしまったし」
「気まぐれな猫種なら、よくあることじゃない。そもそも婚約を交わす前の話だし、気にする必要はないわ。それに独り身でも十分生きていけるもの」
私の人生は恋がないだけで、他は全部ある。生きていくには問題ない。まあ、恋多きと言われる猫種からしたら、少々変わってはいるけれど、それで死ぬわけでもない。
「生きていけても心が死んだら意味ないわ。ねえ、この婚約の申し込みをされた方も呪い持ちなんですって。一度だけでいいから会ってみない?」
「呪い持ちねぇ」
私以外にもいたのか。
魔女は珍しいが、世界に百人程度はいると言われているので、そういうこともあるだろう。
「……というか、これ、隣国じゃないの」
渡された手紙に書かれた国名を見て、私は眉をひそめた。本気で私をこの屋敷から追い出したいのかと妹を見れば、彼女もまた苦笑いしていた。
「ええ。なんか、王族の血に連なる方らしいから、身分は特に問題はないと思うわ」
「言葉は統一言語でいけるけど、隣国ねぇ」
三つの種は元々は三つの言葉を使っていた。でも言葉の壁で争いも起こるので、最終的に龍種の言葉を統一言語として使うようになったのだ。
だから言葉に問題はないけれど、隣国の事なんてさっぱり分からないので、少々面倒だ。自国なら情報を事前に集めることもできるけれど。でもまあ、結婚することになるはずがないのだから、それほど深く考えなくてもいいか。
どうせすぐに婚約者に運命の相手が現れるのだ。
「分かった。隣国って事は国王を通しているし、断れないんでしょ? 一つ聞いておくけど血なまぐさい、物騒な案件ではないのよね?」
「うん。それだけは大丈夫だって。相手に特定の人ができたり、姉様が気にいらなければ帰っていいって言われてるから。何でも呪いを解くには誰かと両想いで結ばれないといけないとかいう条件なんだって。だからね。お願い」
伯爵では国の人質としては弱いけれど、ないとは言いきれないので、帰ってもいいという言葉に少しほっとする。まあそいう話なら、少しぐらいボランティアしてもいい。
「仕方がないから、当て猫娘のお仕事してくるわ」
きっと隣国にも私の噂が流れているに違いない。だからこっちに話がきたのだろう。
「もしも困ったことがあったら、姉様可愛いから、困ったにゃんって言って上目遣いすれば大丈夫!だから、周りに助けを求めてね」
「……何、その人種の喜びそうな媚び方。そもそも可愛いって言われても、私告白する以前にお断りされ続けてるんだから、軽く嫌味よ?」
「それはフェロモンの話でしょ? 皆ね、姉様が嫌いだから断るんじゃないんだよ? あのプレゼントだって――」
「はいはい。分かった、分かった」
知ってる。嫌われてなんかはいない。たぶん一定以上の好意は持たれてる。でも、誰の一番にもなれないことに、何の価値があるというのだろう。
◇◆◇◆◇◆
「お待ちしておりました。オリビア様」
私が来た国は私の国より北に位置し、寒い土地柄だった。
猫種は寒いところが苦手なので行く途中で引き返したくなったが、国賓としてとても優雅な船旅と可能な限り暖かい場所を提供してくれるなど色々気を使ってくれたのでなんとかたどり着いた。どんな呪いを貰った男なのかは分からないけれど、よっぽど困っているのだろう。
更に私が滞在する場所として与えられたのは、部屋ではなく一軒の屋敷だった。使用人もつれてきたのでありがたいけれど、色々至れり尽くせり過ぎて少し怖い。どんな種でも、施しをすれば見返りを求める。これは私が結婚相手になれなくとも、確実に両想いの相手を見つけて差し上げないと、後が怖い。
「主の所までご案内します」
執事に案内されながら、私は周りをキョロキョロと見渡す。王族に連なるものという話は本当の様で、調度品はどれも美しく、階段は綺麗に磨かれ塵一つない。相当な金持ちだ。
執事は一つの扉の前までくると、私の方を振り返った。
「我が主は少々見目が変わっております。入る前に御心の準備をお願いします」
「あの。見目が変わっているというのは、呪いの所為ですか?」
「そうです。これまで婚約を打診したものは、主を見た瞬間に悲鳴を上げ怯え、とてもではないですが婚約は無理だと判断しました。恐れるのは仕方がないと思います。しかし、できるなら我が主の味方になって下さい」
深々と頭を下げられ、私は頬を掻いた。たぶん私を好きになる事はないので、私は彼と相性の良い雌と出会えるように頑張れという話になるだろう。
「分かりました。貴方も猫種だから分かると思いますが、私のフェロモンは貴方の主も感じ取れないと思います。なので私と結婚ということにはならないでしょうが、誠心誠意頑張ってみますね。心の準備は十分できたので、開けて下さい」
とりあえず悲鳴だけは上げないように頑張ろうと手をぐっと握る。
執事がドアをノックすると、返事があった。執事は私に目で合図してから扉を開ける。そんなに怖がられる見目とはどんなものだろう。
ドアの向こうにあるソファーの前に、鬣が豊かな獅子が立っていた。
……いや、獅子の顔をした人だ。獅子の顔をしているが二足歩行をし、ちゃんと服も来ている。手袋までしていて肌の露出がないので、体まで毛深いのか分からない。それでも顔はしっかりと毛が生えている。
「初めまして、レディ。私はアリスタリフという。アーリャと呼んでくれ」
獅子の顔をしているが、声帯は人と同じらしく、竜種語を話した。私は生まれてこのかた、獅子の顔をした人を見たことがないので、まぎれもなく呪いの所為なのだろう。
耳は私のものより少し丸みを帯びているが、この辺りは猫種同士でもそれぞれ違うので、そこまで気になるほどでもない。
何よりその目が理性を感じさせるものだったので、言われたほど驚きはしなかった。明らかに獲物を狙うような目だったら、そりゃ怖いだろうけれど、襲われないなら大型の猫のようだ。
「初めまして。私はオリビアと言います。よろしくお願いします」
私もカーテシーで挨拶を返せば、獅子の目が丸くなった。思った以上に獅子というのは、表情豊かな生き物らしい。
「私の事が……恐ろしくないのか?」
「いえ。別に? 先祖帰りしたかのようですねという感じ程度にしか思いませんが」
やっぱりこの獅子からもフェロモンを感じなかったので、いつも通りだ。そこは残念だが、運命でないのなら、私の仕事も決まっている。
「ほ、本当か?」
「ええ。そもそも私達は、猫種も龍種も人種もみんな姿が違うのだから、こういう種もあると思えばその程度の違いだと思います。ではしばらくは行動を一緒にさせていただきますね。一緒に貴方の運命を探しましょう」
食いつくように顔を近づけられると、ドキッとはするが、まあすぐに慣れるとは思う。
「探す?」
「はい。私の能力は聞いてますよね? きっとすぐに見つかりますよ。大船に乗ったと思って下さい」
まずは人と沢山会うことだ。
両想いになる相手、つまりは相性のいい相手を探すには、沢山の出会いを繰り返すことが大切だ。獅子の顔だと引きこもりがちになってしまっているかもしれないが、それではいけない。
同じ呪い持ちとして、呪いの辛さは分かっているつもりだ。だからそれを解くため、私も尽力しようと思う。
◇◆◇◆◇◆
獅子――もとい、アーリャはやはりというか、部屋にこもりがちな生活をしていた。というか、結構仕事が忙しいらしく、ずっと書類とにらめっこしている。
真面目な人だなと思いながら、私はその近くでお茶を飲み、本を読んでいた。私は飽き性なので、こんなに集中して仕事ができるのは素直に凄いと思う。
「オリビア。私が仕事ばかりしていると暇ではないか? 別に散歩に行ってもいいぞ」
ジッとアーリャを見ていると、アーリャは私のことを心配してきた。それとも視線がうっとおしかっただろうか?
「もしかして人がいると集中できませんか? 私の事は家具の一部とでも思って下さればいいですけど」
「い、いや。さっきまで集中していたし、集中していると周りが見えなくなる性質だからな。仕事をするには問題がないが、オリビアは暇だろ」
「いえ。本もありますし、アーリャを見るのは楽しいですよ」
獅子と猫は似てるのかなとか。
表情も変わるし、見ていて飽きない。
「そ、そうか」
「はい。もしも散歩に行きたくなったら、お誘いしますので、休憩時間にでも少し庭の散策に行きましょう」
「いや。私が居ると、怖がる使用人が……」
「アーリャの見た目は周りと違うので注目の的になりますが、でも知ってもらえば怖くないことは分かると思いますよ。知らないから怖いのだと思いますし」
アーリャの行動は、大きな猫だ。よく見ると尻尾や耳の動きが可愛い。ちなみに鬣はとてもサラサラで気持ちよかった。本物の獅子もこうなのか分からないけれど、きっと怖がっている人はこの触り心地も知らないのだ。
知れば恐怖を感じることはなくなると思う。アーリャはそこいらの男よりずっと理性的だ。
「私も一緒にいますから。もしもアーリャのことを悪く言う人がいたら、直接私が説明しますよ。アーリャを怖がる必要はないと」
というか、私がいないとフェロモンを好意的に感じる能力が発揮できないしね。
それに注目されるのは悪い意味だけではない。気にかけてもらえば、よりフェロモンの相性の良い人が分かりやすくなるだろう。
「そうか。オリビアも一緒にいてくれるのか」
「はい。大丈夫。アーリャの見た目、慣れると可愛いですし」
「可愛いだと?!」
「はい」
だって、ぶっちゃけ大型猫だし。ブツブツと呟いているが、カッコいいと言って欲しかったのだろうか。うーん。確かに獅子はカッコイイの部類かもしれないけれど、私は可愛いなと思うし、その方が女性受けもいいと思うのだけど。
まあ、そこは男女の感じ方の違いだろう。
「な、なら。この後、私と音楽を聴きに行くか?」
「是非」
音楽は好きだし、そういう場には人がたくさん集まる。つまり、相性がいい人も見つけやすい。
アーリャが外に出てくれるのはとても良いことだ。
「オリビアは音楽は好きか?」
「大好きです。オペラとか、バレエとかも好きです」
「そうか!」
ぱあっとアーリャが笑った。凄く機嫌がいいらしく尻尾がピン立っている。
「アーリャも好きなのですか?」
「好きだ。……ああ。好きなんだ」
うんうん。好きな事は我慢するべきではない。
呪いの所為で色んな事が制限されたのは悲しかっただろう。早く解くためにも、沢山一緒に見に行こう。
◇◆◇◆◇◆
アーリャとはとても趣味が合った。
彼と一緒にいろんなところに出かけるのは楽しいし、その後見たものを語り合うのも楽しい。個人的には彼を見ているだけで最近癒されるので、仕事場にいるだけでも楽しい。
ただ、中々彼の呪いが解けないのだけは問題だ。
いろんな場所に出かけるが、私の能力をもってしても、彼のフェロモンを好意的に感じて近づいてくる雌が居ない。
「アーリャ、くすぐったい」
「ああ。すまない。つい……」
アーリャは呪いの所為か、それとも種的な問題か、時折顔を私にこすりつけるしぐさをする。どうやら無意識の様で、私が言うとすぐに離れた。
「アーリャがこういうマーキングのようなしぐさをするのは呪いの所為なの?」
「ああ。たぶん……。以前はこんな行動をとったことがなかったのだが」
「うーん。だんだん獅子に近づいているということはないよね?」
「分からない。だが、オリビアの傍にいると、どうしても……その……すまない」
体を縮めて謝られ、私は慌てた。
きっと獅子に近づいているかもしれないと思うのは、彼にとっても苦痛な事だろう。まだまだ理性的な目をしているので大丈夫だと思うけれど、こればかりは魔女しか分からない。
「私も中々アーリャのお相手を見つけ出せなくてすみません」
いつもならすぐに見つかるのだけれど。もしかしたらアーリャの呪いが何か妨害しているのかもしれない。
「いい。私は……オリビアと一緒に過ごせて、とても幸せなんだ」
「私もアーリャと一緒にいるのは楽しいけど」
でも楽しくても、ずっとこのままというわけにはいかない。
アーリャが誰かと結ばれるということは私は彼の近くにいられなくなることだ。それは胸に穴が開いたような寂しさを感じる。でもそれよりも早く、アーリャを幸せにしてあげたい。
「アーリャが何故呪われたのか教えてもらってもいい?」
何かそこに呪いを解くか弱めるヒントがあるかもしれない。
すると彼は体を丸め尻尾が力なく垂れた。
「すみません。嫌な記憶を思い起こさせるようなことを言って」
赤子の時に呪われた私とは違い、ある日突然呪われたとなると、思い出すのも苦痛かもしれない。
「いや。いい。隠すのは、フェアではないな。私はとても傲慢な性格だったんだ。元々顔の造作が整っていて、身分もあってな、多くの令嬢に恋された。でも俺はそれを全て断っていた。あまりに多すぎてありがたみを感じず、相手の女性がどれだけ緊張して告白をしてるのかも想像できず、煩わしいものにしか感じなかったんだ。ある日魔女からも告白され、私はいつものように断った。そして呪われたんだ」
アーリャは悲しそうに話すが、私からすればその魔女の方が傲慢だと思う。そりゃ同じ思いが返ってこないのは辛いだろう。全く考慮もせず断られれば悲しいだろう。でもそれでアーリャが悪いというのは逆恨みもいいところだ。
「アーリャは誠実なだけじゃない。告白されて好きでもないのに付き合う方が不誠実よ。きっぱり断られれば、次の恋に行けるわけだし」
「私は人の心が分からないと言われた」
「私も人の心なんて分からないわ。何でも察してくれって、エスパーじゃないんだし。それに私は一度も恋をした事がないから、恋も分からないの。アーリャと同じね」
私は告白されたこともないけれど、同じだ。恋が分からない。でもそれを傲慢と言われても困る。
「同じか」
「そうそう。それに私はその顔も悪くないと思うよ。アーリャは嫌だろうけど。きっと大丈夫。私、アーリャが好きだもの」
獅子の顔は最初こそびっくりはするが、慣れれば可愛い気もしてくる。それに顔が怖くても内面を知れば絶対大丈夫だ。むしろ内面を見てもらういいチャンスじゃないだろうか。
その時だった。
「あっ」
「へ?」
ポンと音がなり、アーリャの周りに煙が上がった。なんの爆発か分からず、突然の事で呆然としてしまうが、一拍おいてから私は慌てた。
「アーリャ?! 大丈夫?」
「ああ。大丈夫だが……」
困惑した声と共に現れたのは黒髪に青い瞳の美形だった。しかし声は確かにアーリャだ。
「えっ。戻ったの?」
「戻った?」
「ええ。ええ。あの、鏡をちょっと使用人に頼むわね」
アーリャがいるところには鏡がない。彼にとって獅子の姿は苦痛だったためだ。
部屋の外で待機している使用人にお願いし鏡をとってきてもらう。私が言葉を重ねるより彼への説得力があるだろう。
「まさか呪いが解けたのか?」
「みたいよ。おめでとう」
するとアーリャは私に抱きついた。よっぽど嬉しかったのだろう。私はその背をポンポンと叩く。
すぐに使用人が現れて手鏡を彼に手渡した。彼は震える手でそれを受け取り覗きこみ反対の手でつるりとした顔を触る。
「呪いが解けて本当に良かったね。ちょっと寂しいけれど、国に帰ったら手紙を書くね」
「は?」
「まさか両思いが友情でも良かったなんて。魔女ももっと詳しく教えてくれればいいのに」
友情もOKなのは、魔女なりの優しさだったのか。それとも説明がなかったのでやっぱり復讐の一環だったのか。というか、アーリャは友達もいなかったという証明になってしまう可能性があるので、詳しい追及はやめた方がいい。
確かに顔の造作は美しいので、色々人間関係が大変なのだろう。
「待て。なんで帰る? オリビアは私の婚約者なのだろう?」
「だって、私は相変わらずフェロモン感じないし。アーリャも私のフェロモンを感じないでしょ?」
感じないなら恋愛は不成立だ。
「私は人種だから、元々感じない」
「そうなの?! あ、本当だ。耳ない」
獅子の顔だから勝手に同種だと思っていた。そうか。人種なら、フェロモンに引き寄せられないのも当たり前だ。そういう情報は早く言って欲しかった。フェロモンで恋愛しないなら、私の当て猫能力も意味をなさない。
「それにまだ呪いは解けてない。私には私の顔が野獣に見える」
「えええ。そうなの? あれかな。友情だから中途半端ってこと?」
魔女も徹底して嫌がらせをしてるのか。うーん。モテないと色々拗らせているのかも。
「でも人種だと、私では当て馬になれないし、困ったね」
「ひ、引き続き相談相手になってくれ。私にはオリビアしかいないんだ」
そっか。友達もいないんだっけ。まあ、暫く滞在してもいいか。アーリャの顔は周りからはもう美形に見えるし。最初の話通りなら告白もバンバンされるだろう。そうすれば、すぐお役ごめんになるはずだ。
「いいよ。じゃあ、もう暫くよろしくね」
しかしこのあまり深く考えていなかった発言を私は後に後悔することになる。アーリャのお相手は一向に見つからず、それどころか呪いが解けないせいか、アーリャのマーキングも酷くなっていったのだ。
「困ったにゃん」
いつになったら、お家に帰れるのか。
「なんだそれ。……すっごく可愛い」
ぎゅうぎゅうアーリャに抱き締められながら私は遠い目をした。フェロモンなしの初恋ってどうやるんだろう。
呪いはまだまだ解けそうにない。