ダンジョン・7階層 追跡者2
「このクソアマが!!」
と、叫びながら距離を詰め沙耶に斬りかかってきた。
それを目の前にして沙耶は動けないで、ただ見ていることしか出来なかった。
相手が魔物なら沙耶も動けただろう。魔物は人に害のあるだけの存在であり、何より沙耶も何回か倒している事が大きい。
だが今回の相手は人、人間だ。いくら士燕に鍛えられているといっても少し前までは平和な日本で学生だった。何より地球での、日本での価値観で人を傷つけるのに躊躇いがあった。そして人相手にまだ1度も戦ってはいなかった。
だがそんなこと男には関係無く、男は剣を振り下ろした。
しかし、剣が沙耶を傷つけることは無かった。
剣を振り下ろした瞬間、男と沙耶の間に陰が走る。その陰の正体は言わずもがな士燕だ。
士燕は男の顔をアイアンクローのように掴み沙耶から遠ざける様に押していく。そのおかげで剣は沙耶に当たること無く空振りしてしまう。そして士燕は押していく勢いそのままに男の頭部を地面に叩き付けた。
ドグシャッ!!
勢いそのままに叩き付けられた男の頭部は爆散してしまった。男の頭の肉、骨、脳、血はそのまま地面の染みとなった。
残りの男達や沙耶達4人はそれを見て呆然としていたが、爆散した男の眼球が残りの男達の方に飛びそれをキャッチしてしまった。キャッチした男はその眼球を見て我に返り
「うわぁぁぁぁぁあ!!!!!」
眼球を投げ捨てながら叫ぶのだった。周りに居た男達、沙耶達4人も男の叫び声でようやく我に返ったが、あまりの惨状に吐いたり顔を青くし震えたりするのだった。
ちなみに男達の方には血や肉が飛び散っているが沙耶達4人の方には全く飛び散っていない。そこは辺は士燕が計算していた。士燕も男の頭が地面に叩き付けられる寸前で手を離し4人の元に戻ったので全く汚れていなかった。
「て、テメェ、なんて事しやがる!」
1人の男が声を震わせながら士燕に向けて叫ぶ。
そんな男達に対して士燕は視線を送る。その目は男達に全く興味の無い冷たい視線だった。
「目立ちたくないっつう理由が有ったにしろ、俺はテメェ等に慈悲をくれてやったんだ。命までは取らない慈悲をな。
そしてその慈悲を蹴ったのはテメェ等だ。俺は2度も慈悲はやらない。
テメェ等はここで・・・殺す」
そして士燕は殺意を軽く解放する。
士燕の殺気に触れ扉近くに居た男が恐怖で部屋から逃げ出そうと駆け出した。
(ヤバい!ヤバい!ヤバい!何なんだアイツは化け者か!?
だが扉の近くに居て良かったぜ。コイツらは死んでも俺は逃げられそうだ)
やられた仲間のためにここに来たはずなのに、男はもう仲間とかどうでも良かった。
自分が逃げてる間に仲間が殺される。だがそれが如何した、自分が、自分さえ生き残ればどうでも良い。と本気で思っていた。
そして男が扉から出ようとしたその時
「逃がさねぇよ」
自分の直ぐ近くからそんな囁きが聞こえ男は恐怖する。だが男は叫ぶことも声のする場所を確認することも、部屋を出ることも出来ずに意識を失いそのまま人生を終わらせた。
士燕は男が扉に向かって駆け出したのに気付いていた。そして誰1人見逃すつもりも無い。だから先に逃げ出した男を殺すことにした。士燕は他の男達を予備動作無しで跳び越えて逃げ出した男に近づきそのまま後から「逃がさねぇよ」と囁きナイフを心臓に突き刺す。
士燕が予備動作無しで動いたことで他の男達は士燕が何時動いたのかすら分かっていなかった。気付けば後から士燕の声と何かが倒れる音がしたので後ろを向いたら胸に刺し傷のある倒れた仲間と、血の滴るナイフを持った士燕が立っていた。
「な、何だよ?何が起きたんだよ!」
男の1人が士燕を見て叫び出す。その叫びは今の状況を信じたくない、そんな叫びだった。
だが1人が叫んだところで状況が変わるわけが無い。
男達は、士燕の強さを魔法道具による物だと思っていた。ダンジョン入り口の時も強力な魔法道具で起こした物だと。それなら大人数で攻め、持っている魔法道具の数以上の人数で囲めば問題無いと。
だがそれは全て間違いだったとここで気付く。
男達は生き残るために思考を動かし1つの手を思いつく。そしてそれを実行するために他の仲間に指示を出した。
士燕相手に最も有効で、最もやってはいけかった最悪の一手を
「女だ!!女共を人質にしろ!!」
男がそう叫び1番近くに居た5人が4人を人質に取ろうと動き出した。そして残りの男達は士燕に向き合って1人でも人質が取れるまで時間を稼ごうとする。
だがそれら全てが徒労に終わる。
「ドカスが・・・!!」
5人の男達が4人を人質に取ろうと武器を構えたその瞬間、男達の後から風が吹いた。何だと思い後ろを向くがそこで違和感に気付く。風が吹く前まではしっかりと周りが見えていたのに今は暗く何も見えない。そして周りから叫び声が聞こえる。
「イテェ!イテェよぉぉぉぉ!!」
「目が!俺の目が!」
「見えない!誰か!誰か助けてくれぇぇぇぇ!!」
その叫びを聞き5人は自分の目に手を当てる。そこにはヌルッとした感覚があった。そして5人は理解する。先程の風は士燕の仕業だと。そして周りが暗くなったのでは無い、自分達の目が潰されたのだと。
自分の状況が分かったことで痛みを感じたのか5人も叫びだした。だがそこに冷ややかな声と供に莫大な殺意が降り注ぐ。
「るせぇ・・・。
ドカス共が」
士燕はブチ切れていた。先程まで男達のしつこさにイライラしていたが『4人を人質に取る』そう聞いた途端、士燕の中で何かが切れた。士燕自身何で切れたのか分かっていない。分かっていないがそんなの関係無かった。
士燕はわざと音を出しながら歩き男達の近くに歩み寄る。目の見えない男達はそれだけで恐怖に震える。
「・・・それで、だ。テメェ等は誰を躾け、誰を犯し、誰を人質に取るって?」
「「「「「「あ、ああ・・・」」」」」」
「まあ、人質を取ったところで俺には問題なんざねえけどな。
さて、1つだけ聞いといてやる」
男達に出来ることなど最早何も無かった。これ以上士燕の機嫌を損ねて殺されないようにする、それだけだった。だが次に士燕が発した言葉は男達を更に絶望に落とした。
「誰からどの様に死にたい?
死ぬ覚悟ぐらいあんだろ?俺は優しいからそれぐらい選ばせてやるよ」
「ま、待ってくれ!い、命だけは、命だけは助けてくれ!」
「もうあんた達には関わらないと約束する!だから!」
「頼む!頼むー!」
士燕の慈悲無き言葉に男達は命乞いを仕始める。中には自分だけでも助けてくれと言う奴まで出てくる始末だ。
「アッ?散々偉そうな事言っといて今更命乞いとか巫山戯てんのか?」
士燕は男達の言葉に取り繕わない。それでも男達は必死に命乞いを続けた。
だがちょうどその時、士燕は部屋の直ぐ近くに有る気配を感じ、誰にも分からない程度に笑みを浮かべ
「下らねぇ奴等だ。もういい、殺す気も失せた。
沙耶、琥珀、羽菜、ローズ、行くぞ」
士燕は4人を連れて部屋を出た。後から男達の声が聞こえるが全てを無視した。
部屋から幾らか離れたところでローズが士燕に問いかける。
「士燕、アイツらあのままで良いのか?復讐に来たりしないか?」
「あそこまで恐怖を植え付けたんだ、問題ねぇだろ。まぁその前に、目を潰した状態で地上に戻れればの話だがな。
・・・ところで沙耶、如何した?さっきから元気が無いみたいだが」
ローズに答えてから、士燕は沙耶に話しかける。
士燕の言う通り沙耶は部屋を出てから元気が無い。ずっと下を向いたまま歩いていた。
士燕に声をかけられ沙耶はビクッと肩を振るわせるた。そして立ち止まり士燕に向けて頭を下げた。
「ご、ごめんなさい。私、さっきの襲われそうになったとき何も出来なかった。士燕君に無理矢理付いてきたのに!一緒に戦うって支えるって言ったのに!
なのに・・・怖くて動けなかった。また・・・士燕君に迷惑かけちゃった・・・。
私・・・これじゃあ・・・うぐっ、足手纏いにしか・・・ひっく!」
沙耶は泣きながら自分の不甲斐なさを口にする。琥珀と羽菜はきっと自分達も同じだと慰めるが効果は芳しくなかった。だが
「何だ、そんな下らねぇ事で悩んでたのかよ?」
士燕のまさかの言葉に琥珀と羽菜は目を士燕に向ける。
「下らないって!わ、私は本気で・・・」
「沙耶、そもそも俺はお前達に対人戦なんて全く期待していないし戦わせるつもりも無い」
「ど、どうして?」
「元の世界でただの一般人だったお前等に何を期待しろってんだよ。
それにお前達は人を傷つけてその罪の意識を無視できるか?無理だろ。たとえ地球に帰れたとしてもずっと頭に残ることになるぞ。
だから対人戦は俺が戦るから良いんだよ。俺ならそこら辺の感覚はもうぶっ壊れてるからな。
だから気にするな。お前達は出来ることをやれば良い」
士燕はそう言って歩るき始める。
士燕の言葉に気にかけてもらえていると分かった沙耶は手で涙を拭い
「うん!!」
笑顔で返事を返し士燕の後を追いかけ始めた。それを黙って見ていたローズはニヤニヤしながら士燕に近づき
「優しいんだな」
「・・・るせぇ」
ローズの言葉にぶっきらぼうに答えるのだった。
士燕達が再び歩き始めた頃、取り残された男達は
「クソ!アイツ等俺達を無視して行きやがった!
絶対に許さねぇ!ダンジョンから出たら今度こそあの女共を手に入れてやる!!」
「ちくしょう・・・目が見えねぇよ。
あのガキ絶対に殺す」
「クソが!クソが!クソが!!」
と、ローズの心配どうり男達は全く諦めていなかった。だが目が見えないためダンジョンから脱出しようにも士燕に復讐しようにもどうしようも無かった。
だがその時部屋の外から複数の足音が聞こえた。男達は他の冒険者が近くに来たのかと思い助けを求め叫び出す。そして足音の主が部屋に入っていく。それを感じ取った入り口近くに居た男は助けを求める
「頼む、助けてくれ。目を潰されて・・・」
「ブモォ・・・」
「え?」
「「「ブモォーー!!」」」
ーーーぐしゃ
オークはその男に持っていた棍棒を振り下ろした。
男は頭から潰されて血が飛び散ってそのまま絶命する。
「お、オークだーーー!!!」
「嘘だろ!?助けてくれ!!」
「し、死にたくねぇよ!!ぐぺっ」
オークは他の男達に手をかけていく。男達も殺されないように持っている武器を振り回したり、逃げようとする。しかし振り回した武器で味方を傷つけたり、逃げても壁に激突して倒れ込んだりしてしまう。
だが男達の不運はまだ終わらない。
「「「グギャ!グゴゴゴ!」」」
オークとは別の声が部屋の中に響き渡る。
「ご、コブリンまでもだと!!」
ゴブリン達は仲間に切られ倒れ込んだり壁に激突して倒れ込んだ男達に牙を立て生きたまま食らいつく。
「ぎゃああああ!!イテェ!イテェよぉ!誰か助けてくれ」
「止めろー!止めてくれー!」
男達は、叫び続けるが魔物であるオークやゴブリンが止めるはずもない。そして暫くすると男達の叫び声はしなくなり誰1人生き残る者は居なかった。




