5. Meditations
「いい加減にしてくれ!」
俺はドアを開けるなり、支土に怒鳴った。
支土は悪びれる様子もなく「これからドライブでもどうだ?昨日のお礼がしたい」と微笑んできた。
とんでもない野郎だ。あまりにも非常識すぎる。
「悪いけど、俺は寝るよ。それと家にもう来ないでくれ」と支土にはっきりと言った。
支土は残念そうな顔をして「悪かったよ」と言った。
俺が「おやすみ」とドアを締めて鍵を閉めようとすると
思いっきりドアを引っ張られた。
俺は完全に油断していた。
ドアを開けられてしまった。
体が前のめりになって隙だらけで放り出された。
と、同時に冷たいものが俺の腹に押し当てられた。
こいつ完全に狂ってる。
何が押し当てられているか俺はわからない。
が、本能でコイツはやばすぎる。殺される、とわかった。
「やっぱりお礼がどうしてもしたい」支土は笑っていなかった。
真顔で俺にそう言った。
逆らったら殺される。
俺は支土をアパートにあげた。
「楽しいパーティーをしようぜ、とりあえず手に持ってるワインボトルを置いてくれよ」支土は満面の笑みで俺に言ってきた。
「酒でも一緒に飲めばいいのか...?」俺はまったく支土の思考がわからず、震えていた。
「いいから置けよ」支土が真顔になった。
俺はゆっくりワインボトルを床に置く。
「銀行を爆破しに行くんだ」支土は更に満面の笑みで俺に言ってきた。
混じりっけのない狂ったような眩しい笑顔だった。
あ、こいつ、冗談で言ってない。
やばいやばいやばいやばいやばい。
俺は腹につきあてられているものが怖くて見れなかった。
ずっと支土の目を見ていた。本気の目をしていた。
やばいやばいやばいやばいやばい。やばいどうするやばいやばいやばいやばい。やばいやばいやばいやばいやばい。
どうすればいいどうすればいいどうすればいいどうすればいいどうすればいいやばいやばいやばい
どうしようも、できない。
支土は紙袋を持っていた。
「この中に最高のドラムが入ってる。俺のベースとお前のギターでセッションするんだ。最高な夜になるぜ。」支土はケラケラ笑った。
なんで俺がこんな目に会うんだ。俺はただ寝たいだけなのに...
支土はバイクの後ろに乗れ、と言ってきた。
古ぼけて汚れたアメリカンのバイクだった。
ご丁寧にタンデム用のヘルメットまで持ってきてやがる。
「俺はお前を信用しているんだあ」と言って腹に突きつけられていた「何か」を支土はコートの中にしまった。俺は最後までそれが何なのか見ることができなかった。正確に言えば見たくなかった。更に恐怖に飲まれそうで見たくなかった。
足が震える。手も震える。
「俺はお前をとってもとってもとーーーーっても信用しているんだあ」支土が満面の笑みで俺に再び言う。
支土はバイクの後ろのシートに網で固定していたヘルメットを外している。俺に完全に背を向けている。
ガラ空きだ。今がチャンスだ。俺は完全に舐められている。ビビって反抗しないと思われている。
思いっきりぶん殴れ。
...
ダメだ。力が入らない。
ぶん殴れ。ぶん殴れ!ぶん殴れよ!!
動けない。ダメだ。ダメだ。ダメだ...
ぶん殴れ!ぶん殴れ!ぶん殴ってくれよお!
....ダメだ。動けない...
支土が俺にヘルメットを渡す。
「安全運転で行くからしっかり捕まってろよな」
俺は何故かヘルメットを被り、支土にしっかりと捕まってタンデムしていた。
支土がセルのスイッチを押す。一発でエンジンがかかる。
ソロソロとバイクが走り出した。
うるさいマフラーの音で何も聞こえやしない。
いつの間にか震えが止まっていた。
なんで俺、今こんなことになってんだ。
あの日、支土にさえ会わなけりゃ...
すぐ店を出ていれば...セッションなんてしなければ...
とても後悔した。
支土と会わなかったパターンが何故か思い浮かばなかった。
どちらにせよ、なんにせよ会っていたのかもしれない。
夜はまだ長い。
長い長いドライブが始まった。