4. My Funny Valentine
それからずっと俺は寝られなくなっていた。
何故だ?
しかも、どうにも支土リョウのことが気になる。
そんな日々が数日続いた。
耐えられない。ちょっと前までは寝られていたから余計に辛かった。
アイツに会えば、また眠れるようになるかもしれない...
俺は意を決してアイツがハコバンとして雇われているキャバレーZENに足を運んだ。
が、支土リョウの姿はない。ベーシストも変わっていた。
マスターに尋ねると怪訝な顔をして
「その話はしたくない。その話をするなら申し訳ないが帰ってくれ」と目も合わさずに言った。
何かよっぽどの揉め事があったのだろうか。
嫌な気分になりながらも、俺はビールを一杯飲んで帰路に着いた。
帰り道、十字路で男の泣き声が聞こえた。
俺の住んでるアパートまであと5分くらいの場所だ。
関わりたくねえな、と思いながらもその男の横を通り過ぎる。
好奇心からチラッ、とその男を見ると
支土リョウだった。
しかも目が合ってしまった。
かなり酒を飲んでいるようだった。
「最悪だ、最悪だ、最悪だ、」
支土は俺に泣きついてきた。
「どうしたんだよおい...」
あまりにも泣き喚くので俺のアパートに支土を上げてしまった。
俺は果てしなく後悔していた。同時に自分のお人好し加減にうんざりした。
話を聞けば旧友が過労で自殺したらしい。
どうせ俺の知らない人だ。名前は聞かなかった。
というよりも関わりたくなかった。
自暴自棄になってキャバレーZENで客に喧嘩をふっかけてハコバンもやめたらしい。
マスターともだいぶ派手にやったようだ。
あ、人間根っこは変わらねえんだな、と俺は思った。
しばらくその2つの話を繰り返し聴かされた。
支土は疲れたのか突っ伏して寝てしまった。
俺も話を聴き疲れたのかいつの間にか眠っていた。
不思議とぐっすりと眠れていたのだった。
朝起きると支土の姿はなく、机に紙切れが置いてあった。
「ありがとう」と雑に書かれていた。
支土が家に帰ったのも気づかないほど深く俺は眠っていたのだ。
久しぶりの快眠でとても気持ちが良かった。
最高の気分で会社に行き、いつものように残業を終わらせてアパートに帰ってきた。
しっかりと湯に浸かり、眠る準備を整えた。
今日もぐっすり眠れそうだ。と早めに布団に入る。
すると、けたたましい排気音が聞こえてきた。
車か?バイクか?
どうやらバイクのようだ。
暴走族なら早く遠くに行ってくれ。
...
どんどん近づいてくる。
家の前で排気音が止まった。
このアパートの住人のヤンチャな友達かよ
免許でも取ったのか、勘弁してくれ、と俺は布団を被った。
ドンドンドン
俺の家の扉が力強く叩かれた。
え?
俺はびっくりして硬直してしまった。
物音を立てられない。
幸運にも電気は消してある。居留守を使おう...
俺は友達づきあいが無い。友達が遊びに来るなんてありえない。
そりゃ1人、深い付き合いの友達がいたけれど。
最近、連絡も取れてないし、第一、こんな夜に押しかけてくる非常識なやつじゃない。
そういえばあいつ元気にしてるかなあ...と、ふと思った。
いやいや、今はそんなこと考えている場合じゃない。
ドンドンドンドンドン
またドアを叩かれる。
ドアの前から動く気がないらしい。
怖い。
それは20分経っても続いた。
ドンドンドンドンドンドンドン
怖い。怖い。怖い。
警察に連絡をしようと思った。
が、同時に眠れないことへの怒りがどんどん高まってきた。
気づけば、怖さよりも怒りが上回っていた。
今日は眠れそうなのに。
俺の幸せが妨害されている。
俺の邪魔をするな。
完全にキレていた。
恐らく相手は1人だ。
ブチのめしてやる。
そろり、そろりとベッドから抜け出す。
武器としてテーブルにあったワインの瓶を持つ。
何かあったらこれで頭をぶん殴ってやる。
じわり、じわりとドアに近づく。
ドアの覗き穴からゆっくり相手を確認する。
.....
支土リョウがそこにはいた。