勇者
「…生きてるの?」
「生きてるわ…今のところ、ね」
よく見てみると、浅く息をしている。
しかしそれも虫の息だ。
長く持つとは思えない。
「母様…どうにかできる…?」
「どうにかって?」
母様をゆっくり振り返る。
母様は真っ直ぐに私を見つめる。
その瞳には何か伺うような色が見える。
だが、それが意味するところが分からない。
死が、迫ってきている。
浅い息。
血の臭い。
肉の焼けた臭い。
死の、臭い。
…怖い。
「助けられるなら…助けてほしい」
母様はしばらく私をただ見つめていた。
「こいつを助けると…面倒なことに巻き込まれるかもしれないわよ?」
いつもニコニコしている母様が真剣な顔をしている。
そして口調から母様がこの人を歓迎してないことが分かる。
この人はいったい何者なんだろう?
ボロボロの服。
爛れた顔。
大きく裂かれた肩。
腰には汚れてはいるが立派な剣が差してある。
私たちを捕まえに来たのだろうか?
「たぶん、魔物の仕業ね」
「魔物…」
魔物とは、闇の生き物。
生き物とは言うが、あいつらに血は通っていない。
闇の集合体だ。
普通の剣では太刀打ちできない。
私たちを捕まえる前に魔物にやられた…?
でも最近は何代目かの魔王が誕生したらしく魔物が増え、森の中なんかは特に危険だ。
そんな危険を犯してまで私たちを捕まえに来るだろうか。
ううん、私たちを食べれば不老不死になれるって信じてるやつらならどんな危険を犯してでも来るわね。
人間は強欲だから。
「ねぇ、イリィちゃん。この人は多分…勇者よ。恐らく魔王を倒すために魔王の城を目指して旅している途中だわ。」
「なぜ勇者を助けると面倒なことに巻き込まれるの?魔物が押し寄せてくるとか?」
勇者を助けた逆恨みか?
「いいえ…違うわ……」
歯切れが悪い。
何か言いづらいことがあるのだろう。
「やっぱり…逃げられないのね…」
「え?」
母様の小さな声はよく聞こえなかったが…その目はなんだか寂しそうな気がした。