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お悩み解決小さいおじさん奇談

作者: 杜

「”小さいおじさん”が見える。」って言う芸能人ってどう思う?

 まあ、大体の人はそういう類の人をテレビで見ても、「痛い奴だなぁ。」とか、「芸能人もキャラづくりとか大変だなぁ。」くらいの感情しか抱かないと思うんだ。

 でもさ、実際にそんなこという奴が現れたら、普通どう思う?


 あきらと名乗ったその青年は、待ち合わせ場所の、どこの駅にもあるチェーン店の喫茶店で落ち合うと、初対面だというのに挨拶もそこそこに、”小さいおじさん”について語り始めた。

 あきらさんはそのおじさんのことを”師匠”と呼ぶそうだ。


そうなんだよ。誰もまともに信じちゃくれないんだ。

 いやぁ、ネット上で話を聞いてくれる人を結構探したんだけど、実際にあってくれる人は少なかったよ。あんたがやっと3人目かな。

 

 店にはいるときにカウンターで頼んだコーヒーを店員さんが持ってきた。わたしはホットコーヒーを、あきらさんは甘ったるそうな長いカタカナの名前の飲み物を頼んでいた。

 あきらさんの話し方は最初から砕けていて、まるで友達のようである。きっとそういう人柄なのだろう。わたしの少し苦手なタイプだ。

 話が逸れそうだったので、私はあきらさんに本題へはいるように促す。


 本題?・・・そうだね、だらだらやっても仕方ないか。じゃあ師匠の説明からするよ。

 師匠はおじさんって言うよりはおじいさんって言う感じかな。大きさはこのグラスと同じくらい。目玉のおやじくらいのイメージかな。・・・そう、ゲゲゲの鬼太郎に出てくる奴。もちろんちゃんと人の形はしてるよ。立派な白髪と口髭・顎髭。けれどぜんぜん強面ではなくて、優しい目をしてる。服装はサンタの緑バージョンを想像して。ザ・妖精って感じだよね、ピーターパンみたいで。 

 ・・・そうだな。ピーターパンっていうのは悪くない喩えかも。でも、ピーターパンは子供を子供のままでいさせてくれるけど、師匠はもっとシビアなんだ。


 あきらさんが語る師匠の姿は、テレビで若い女の子が愛想を振りまきながら語っていたのとは、少し違っていた。そもそも彼女たちの言う”小さいおじさん”と、あきらさんの言う”師匠”は、似ているが異なるものらしい。

 ”小さいおじさん”は、ただそこにいるだけの存在として語られることが多い。一方、あきらさんの言う”師匠”には明確な役割があるとのことだった。

 

 最初は俺も慣れなかったよ。何せ家の中からバイト先、当時は学生だったから学校でも、ところかまわず師匠は現れるんだから。あ、でも誰かと一緒にいるときは出てこないから、人に白い目で見られるなんてことはなかったけど。だから友達とか家族にも、自分から話さなければ大丈夫。

 師匠はいつも、俺が一人でいるときに現れるんだ。でもやっぱり、最初は慣れないと思う。ふとしたときに急に出てくるから。

 中でも一番慣れないのは、師匠は心を読めるっていうことかな。

 こっちから師匠に相談するつもりがなくても、心の中でもやもや悩んでると、師匠は急に話しかけてくるんだ。ドキッとするよ。

 でも、あんたの悩みの解決には必ず役立つと思うんだ。


 そう、わたしは、悩んでいた。自分の日常と心の中でくすぶる夢とがせめぎ合う日々。

 わたしには夢がある。今は生活のために給料を稼がなくてはならないから、その夢のために大それた行動はとれない。

 しかし確かに、心の中でくすぶっているものがある。そしてそれは、私を取り巻く現実に対して何の遠慮もなく、ふいに自己主張してくるのだ。

 ここ数ヶ月、仕事がうまく言っていないこともあってか、その自己主張が日増しに強くなっており、日々の生活を苦しく感じていた。

 こんな日々を過ごしていいのだろうか。もっと将来のために出来ることがあるのではないか。そもそもわたしの望んでいる将来って何だ。わたしはこのまま今の仕事を続けていくのか。

 いつからか抱いてていた、胸に秘めたこの夢は、所詮夢でしかないのか。

 ・・・大した努力もしていないわたしが夢などと口にしていいのか。

 そんなもやもやとした思いを、匿名のSNSアカウントを使って誰に聞いて貰うでもなく、WEBという情報の海に日々垂れ流していた。

 それに目を付けたあきらさんが、メッセージをくれたのである。

 曰く、夢についての悩みにアドバイスをくれる“師匠”がいると。

 普段のわたしならそんな怪しげなメッセージは無視してお仕舞いなのだろうが、自分で思っていいた以上に参ってしまっていたのか、”師匠”というワードに引きつけられたのか、わたしは数回メッセージをやり取りした後、あきらさんと会ってみることにしたのだった。

 あきらさんは飲み物を一口飲んでから、言葉を続けた。

 

 たとえば仕事に疲れて、まぁ俺の場合はバイトだったけど、家に帰ったらもう何もする気が起きなくてベッドに倒れ込むようなときがあるでしょ?でもその直後にふと思う。「あぁ、今日も働くだけで1日が終わっちゃったなぁ」って。そういう時、ふと心の中でくすぶっている夢が頭に浮かぶ。もう自己嫌悪だよね。

 そんなとき、師匠がふっと枕元に立って言うんだ。「おまえさん、昨日と今日を振り返ってみなさい。それでこのまま寝てしまって良いと思ったら寝てしまいなさい。」ってなことをね。

 それだけって思った?そう、それだけだよ。でもさ、これが効果覿面なんだ。

自分の意志だけで夢を叶えたりできるなら、そもそも悩む必要なんかないよね。俺らみたいに夢でもやもやと悩む様な奴らは、それができないから悩んでるわけでしょ。でもあきらめきることもできなくて、もやもやしてるんでしょ?そんな心持ちを、師匠は見抜いて、言葉をくれる。「それでいいのか?」って。


 それは確かに、わたしの様に毎日自分にいいわけをしながら時間を空費してしまっている人間には、ありがたいかもしれない。思えばこれまでの人生を振り返っても、独学で何かものになったことなどなかった。しかし、先生がいたことについてはそれなりにモノになったものだ。

 そういう意味では、師匠は夢を叶える先生のようなものと言えるのだろうか?


 先生か~・・・まぁ、あんたが先生って呼びたければそう呼べばいいんじゃない?師匠はこっちに話しかけてくることはあっても会話にはならないから、呼び方は自由だよ。

 ただ、「先生」は良いとしても「夢を叶える先生」っていうのは少し間違ってる。

 師匠は夢を叶える手助けをしてくれるんじゃない。

 夢についての悩みを解消してくれるっていうだけ。

 さっき「ピーターパンよりシビア」っていったのはそういうこと。


 どういうことだろうか?


 どういうことっていわれても、そのまんまなんだけどね。

 つまり、俺は師匠のおかげで夢をあきらめられたんだ。もうすっぱり。それで、夢について悩むことは、めでたく全くなくなった。


 あきらめた?


 そう。

 言師匠がくれる言葉はあくまで、「自分の心と向き合うための言葉」なんだ。

 そして師匠の言葉の通りに俺は自分の心と向き合い続けて、結果あきらめることを選べた、っていうわけ。

 それじゃあ師匠なんていてもいなくても同じと思うかもしれないけど、それは違う。

 師匠の言葉は、自分で自分に問いかけるよりも一歩深く、自分の心に向き合う手助けをしてくれるんだ。

 たとえば、「今すぐ鏡に向かって問いかけなさい。夢を叶えるためにやらなければならないと思うことと、それとは関係なく今からやろうとしていたことを。そのずれを自覚しなさい。」とか、あとは「今日一日の中で、楽しかった時間を振り返りなさい。それを努力に置き換えることが出来るか、考えてみなさい。」とかね。そうやって言われた通りにしてみると、自分の本心がだんだんはっきりしてくるんだ。

 自分が夢だと思っていることは、本当に心が望んでいるのか。夢に夢見てるだけじゃないかってね。「恋に恋するお年頃」じゃないけどさ。

 そうやって師匠と過ごしているうちに、俺は夢を叶えるよりも、今この手にある幸せを大事に生きていけるんじゃないかって思えるようになったんだ。で、悩み解決。まったく師匠のおかげだよ。


 そういってあきらさんは、本当に心から晴れ晴れとしているように笑った。そこには、夢をあきらめた悔しさや、本心をごまかしているような気配は一切感じられなかった。

 紛れもなく、幸福な日常を手にした人間の表情だった。

 わたしもあきらさんも、グラスの中の飲み物はすでに空だ。


 「ピーターパンよりシビア」っていうのは、そういうこと。夢を見続けさせてくれて終いには叶っちゃうもしれないけど、もしかすると夢から覚まされちゃうだけかもしれないからね。

 だから俺が保証できるのは、会う前に伝えてあったとおり。師匠のおかげであんたの夢についての悩みは解決するだろうってことだけ。

 ・・・師匠について教えられることは以上。OK?


 師匠は夢を叶えてくれるのではない。

 夢に向き合うきっかけをくれるということか。

 正直、それで本当に悩みが解消されるのかどうか、疑念は残っていた。確かに今よりは自分の夢に、心に向き合えるだろう。しかしそもそも、夢のことが頭から一時も離れないから、悩んでいるのだ。頭から離れないということは、つまり考えているということだ。それはすでに、少なからず夢に向き合っている状況とも言えるのではないだろうか?

 多少のアドバイスがあったからといって、大きな変化があるとはやはり思えなかった。


 で、どうする?

 俺の悩みはもう解決しちゃったから、師匠を誰かに引き継がなきゃいけないんだけど、師匠は望まれないとその人に憑けないらしいんだ。これも前の人に聞いただけなんだけど。

 あんたの前に会った二人は話だけ聞いて帰っちゃったんだよ。俺もそろそろ同じ話しをするのも飽きてきたし、できればあんたに試してみてほしいんだけど・・・?


 得体は知れない。どれほどの意味があるかもわからない。

 けれど、わたしはやはり、相当参っているようだ。藁にもすがりたいというのは、こういうことだろうか。ただただこの日々から抜け出したいとだけ願って生きるのは限界だった。

 わたしはあきらさんに、お願いします、と頼んだ。


 よっしゃ!

 あれ、さっきまでそこにいた師匠が見えなくなった。これで引継完了、ってことなのかな?

 どう?あんた今師匠が見えてる?・・・なんだ、見えてないのか。まぁ師匠は常に見えるところにいるわけじゃないからね。俺も最初に見えたのは家だったっけ。

 それじゃあ、帰るとしようか。悩み、解決するといいね。さようなら。


 そういってあきらさんは帰って行った。もう会うことはないのだろう。

 わたしもコーヒーカップを返却口に置いて、家路に着いた。


 その夜、わたしはシャワーを浴びながら、あきらさんとの会話を振り返っていた。

夢を完全にあきらめるというのは、どんな心境なのだろうか?想像してみる。当たり前のようにいつも心に引っかかっていたものが、消滅する。それは、もはや生まれ変わるといっても過言では無いような気がした。・・・恐ろしい、と思う。

 ・・・夢を捨てた先に、本当に幸せなどあるのだろうか?

 

 「おまえさん、この一週間の楽しかった瞬間を振り返ってみなさい。その感情を思い出しなさい。」

 そういって師匠は、浴室の鏡越しににっこりと微笑んでいた。

 その微笑みが、わたしには恐ろしく感じられた。


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