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向日葵

作者: あさなぎ

 七月。


 帰省して思い出すのは、決まって彼女のことだった。



 遠くに雲を飾る山々、田園に鉄塔。


 蝉の鳴き声が響き、用水路の音がせせらぎ、泥の匂いが都会の街を忘れさせる、そんな中。



 背の高い向日葵が、僕の視界を埋めていた。


 その中に君は一人。



 自らと同じ高さの花々を背に、彼女は一人立っていた。


 歌うように揺れる黒髪、解けそうに柔い微笑み、雫のように玲瓏な瞳。



 そして、笑うたび麦わら帽子に触れる癖。



 その全てが、彼女という存在を表している。



 その姿に僕は、息も出来ずに立ち尽くしていた。



 蝉時雨の降る夏の正午に、その美しさが彼女を纏っている。


 彼女の白い肌と服は、背景の向日葵に輪郭が焼き付けられ、浮かび上がり、よりその存在の現実感を失わせていた。



 その光景に見惚れる僕に、不意に彼女が笑いかけた。


 僕の反応を楽しむように。



 その微笑みは、きっと、何より美しかった。


 そのままそっと、消えてしまいそうだった。



 ただその微笑みには、確かな憂いが影を落としていた。


 あのときの彼女は、その表情は、一体何を憂いていたのだろうか。



 いくら僕が手を伸ばしても、もうそれを知ることはできない。



 陽炎のように消えてしまった、彼女の姿。


 あの時間が幻だったとでも言うように、彼女は僕を置いて去ってしまった。



 街の唯一の無人駅から、僕にその記憶だけを残して。



 今となっては、彼女が何をしているのかも、どこにいるのかも分からない。


 ただここに帰ると、その度に、彼女の記憶が鮮烈に僕を襲うのだ。



 この花が散れば、夏は彼女を忘れてしまう。


 七月の夢は覚めてしまう。



 ......でも、それでも、僕の心に焼き付いた彼女の姿は、きっと死ぬまで忘れることはないのだろう。



 僕の時間は、あのときを最後に止まってしまったのだ。



 僕が彼女を忘れられない間にも、季節は巡り続けている。


 きっとまた、夏は等速で僕を追い抜いてしまうのだ。



 小さい電車の窓越しに見た、あのときの彼女のように。



 季節は、僕を置いて進み続けるのだ。



 木々の香りを乗せた夏風が、僕の身体を透過していく。


 その風に連れられるように、僕は向日葵畑を後にした。



 視界に広がる七月の木々は、深く緑に染められていた。









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