第一話ー前日談ー
「このソフトで家族が守れるって言うのか?」
ポストの中身を見てさらに怪訝な顔になる平野誠。タイトルと思しき『Forward_Reality』という文字がソフトに書いてあったが、誠には読める自信がないのか、華麗にスルーした。そしてポストの中身はその謎の封筒のみで、肩を落としながら自室へと戻る。
(こんなソフトどうするんだよ…。見たことないぞ。売れるもんでもないだろうし、ネット漁ってみるか?でも他言して死んだりしないよなぁ?)
自室に戻りつついろいろな思考が頭をよぎる。しかし考えれば考えるほど謎は深まっていくばかりだ。
加えて、誠はバイト戦士故に高校を中退して今に至っている。20年生きているとはいえ、高校の勉強を超えていない誠の浅はかな思考能力では、辿り着けるものも辿り着かないだろう。
誠はそれを自覚し、考えることをやめた。
「とりあえず放置だな。今は地道に金稼がないと生きるのも大変だし」
そう言って一応誰にも見つからない様に、自分のバックパックの中にしまった。両親はまず兄弟姉妹5人共有の部屋に立ち入ることはないし、誠以外の子たちも貧乏な中たくましく生きている。そんな子たちが人のバッグの中身を見ているという常識はずれな行動をしたのは見たことがない。
誠は一番安全な場所は自分のテリトリー内であると確信し、次の行動へと移った。
「寝るか」
誠は鳴るおなかの音を無視してまどろみの中へと落ちた。
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謎の手紙が届いたその日は「腹が減った」と昼過ぎほどに三男に起こされた。
寝ぼけ眼をこすりながら少なめの昼食を作った後に、兄弟姉妹と外で仕事とは違う爽やかな汗を流し、帰ってきては夕飯を家族全員で食べた。
結局その日は、そのソフトに触れることなく一日を終えた。
翌朝、神のいたずらかと思えるくらいのタイミングで、その話題は誠に降りかかる。
「なぁ誠、こんな話聞いたことあるか?」
「スーパーのセールとかの話以外わかんないぞ」
「じゃあ知らないな」
バイト先の同い年の青年、万木工が、誠にそう話しかけた。
万木は顔に笑みを引っ付けながら、飄々とした口調で話し始める。
「とあるゲームの噂なんだけど、さすがにNC-ギアのことは知ってるだろ?」
万木とは短い付き合いではない誠は、同じような口調で話を合わせる。
「電気屋に売ってたね。フルダイブできるゲームみたいな」
「そー。そのゲームソフトに妙なゲームがあるって噂があってさ。なんて言ったかな…なんちゃらりありてぃ。よく覚えてないけど、そのゲームが、ゲーム内のアイテムを現実世界に還元できるっていうシステムがあるらしい」
「いや、ありえないでしょ。そんな突拍子もないことを言い出したのはどこのイキリオタクですかー?」
「知らないよ。トゥイッターで流れて来たの見ただけだし」
「でも、そんな夢のようなゲームがあるとすれば、エ〇クサーとかのアイテムをこの世に還元して、不治の病とか治せちゃったりとかするんじゃん?」
「リプライ欄はそんなこと書かれてたね。でも本人曰く条件付きではあるみたい」
「寿命を削るとかか?デ〇ノートの死神〇目かな?」
「いやぁ、でもその投稿者ね、今まで4万トゥイートとかしてるのにそのトゥイート以来トゥイートしてないんだよね」
「条件が『他言しない』とかかもね。命刈り取られたんじゃん?」
「可能性有り寄りの有り」
「ま、ほかのアカウントで生きてるよきっと。演出でしょどーせ。さて仕事だ。今日も一日」
「あいよ。今日も一日」
そう言い残して二人はそれぞれの仕事場所へと向かう。
そんな話を聞いて、関係者である誠が気にならないわけがない。
(間違いなく昨日届いたゲームのことだな。トゥイッターの証言が少ないってことはやっぱり売られているものではないんだな。まぁ噂通りのゲームが世に出てたら今頃ゲーム内の核で世界は吹っ飛んでるか。それにしてもなんで俺に届いた?そもそも俺以外の人がポストを見ていたらどうなっていた?いや、届人はどこまで俺たちのことを知っているんだ?もしかしたら対象は最初から俺で、父さんが夜勤になったこと。俺が休みなこと。母さんが起きてこないこと。亮(次男の名前)たちがポストを見ない子であること。すべてを知っているとしたら?逆に俺は対象ではなくてソフトを俺という他人が手にしたことによって、俺は抹殺対象に選ばれた?でもだとしたらなんで昨日のうちに殺さない?俺が家にいたから?人の目が合ったから?俺が一人になっていたら…これから一人になったらどうなる?)
さまざまな思考が誠の脳内を埋め尽くす。
そして思考を巡らせれば巡らせるほどネガティブな方面に思考が傾き、不安が募る。
冷や汗をかきながら、早足に現場へと向かおうとする。しかし動揺が歩をどんどんと早め、やがて競歩、ダッシュと、不安という靄を振りほどこうと、誠の足が地面を蹴った。
息を切らしながら、大量の汗を流した誠はその日一日仕事になることはなかった。
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「っ!!」
目を覚ました。
見慣れた天井だ。
自宅の布団と負けず劣らずの薄い布を体にかけられている誠は、覚醒して約1秒で薄い布をはがして周りを見る。
アルバイト先の更衣室内の椅子に横になっていたようだ。
そして、誰もいない。いわゆる一人。孤独だ。
「死んでないな…?夢?でもないな」
ベタに頬を弄り回して、自らがこの世にいることを自覚する。
「なにしてんだ俺…。ってかここまで人を不安にさせるものを人んちのポストに入れるなよ…いやがらせだろこれ」
額の冷や汗をぬぐいながら、自分の荷物を整える。
タイムカードはすでに押されていた。19時。いつもの退勤時刻ぴったりだ。
現在時刻は20時前。30分以上横になっていたということだ。
会社の事務所にはまだ人がいるが、部屋であんな無防備でいた俺に手を出さなかったということは、ゲームの対象は誠であることが濃厚になった。
このままプレイしなかったらどうなるのだろう。とまた新たな不安が生まれるが、頭を横に振っていらぬ思考を飛ばす。
「帰るか…」
ため息とともに出た帰宅発言をきっかけに、誠はアルバイト先の更衣室を後にする。
誠は、漕ぐ度にギシギシと音を立てる自転車で、片道10分程度で通勤をしている。
そして3分ほど自転車を漕いでいると、大通りに出る。その中にはコンビニはもちろん、スーパーや電気機器のリサイクルショップが軒を連ねる。
そう、電気機器のリサイクルショップだ。
誠は思わずその店の前で自転車のペダルから足を下ろし、看板を見上げる。
(ゲームハードだし、安さに期待はできないけど…)
ここまで不安を掻き立てられてなお、このゲームについて忘れることができない理由がある。
それは今朝の話だ。これは手紙に書かれていた文章と意味をつなげることができる。
ゲーム内のアイテムを還元。
これがもし事実であるとするならば…。
例えば、医療関係はほとんど回復アイテムで治療が行える。ただいま大学院などで医療を学んでいる方たちは、時間を捨てているといっても過言ではないかもしれない。
例えば、犯罪思想の持ち主がこっちに武器でも持ち出そうものなら、日本はあっという間に死体の山と化すだろう。もっと言うと、モンスターの卵をこっちに持って来れようものなら、孵化させて、(どう育てるかは置いておいて)それこそ世界征服も夢の話ではなくなるのではないだろうか。
そして、例えば。
金等の貴金属。ダイヤモンドなんてものがアイテムとして存在しているのであれば、億万長者も夢の話ではなくなる。
今は持ち直しつつある平野家ではあるが、まだ満足した生活は残念ながらできていない。
一縷の願いをかけて、誠は駐輪場に自転車を止めてリサイクルショップへと足を踏み入れた。
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(買ってしまった…)
現在時刻は20時半過ぎ。リサイクルショップのジャンク品売り場に行くと、オリコンの中に乱雑に置かれているNC-ギアがあった。
値段を見た誠ははじかれた様に家に向かい、貯金箱を叩き割り、全力で舞い戻り、NC-ギア(ジャンク品)を購入したのだ。値段は32,000円。
普通のゲーム屋で売られている値段が70,000円強。(中古でも50,000円くらいだろうな)と思っていた誠は、思っていた以上に安かったため、購入を決意した。
なぜここまで値下げされていたのかには、もちろん訳ありだ。
【動きません】
店員の手書きで無慈悲にもそう書かれていた。
だが、運良く動くだろ。と思って買った誠ではない。そこらへんは抜かりなく。
買った当日に家族に何か言われないかが一番心配だったが、「アルバイト先の人にいらないからってくれた。動かないただのガラクタ」と半分嘘半分真実を伝えて、その場を収めた。
翌日にアルバイト先へと赴き、仕事を終えた後、上司に「はんだ機器借ります」と一言許可をもらい、電子機器に多少の知識がある万木工の手を借りてNC-ギアの修理に着手した。
いつかごなおったまる
原因は埃の影響か、起動時に基盤が熱にやられてしまって回路が正常に動かなかったことにあった。
万木は「販売当初のゲームに当選しなくて、記念に売らずに保存場所に気を配らないまま数か月後に起動してオバヒしたんじゃね?知らんけど」と考察。まるで実体験のように語った同い年の青年に追及はせず、修理は無事に進み…。
「このファン綺麗にしといたほうがいいよ。内部を冷やすところがパーになってるんじゃまた同じ原因で壊れると思うし」
「え、じゃあもう動くっちゃ動く?」
「と思うよ。動かなかったら持ってきてよ。憂さ晴らしに叩き割るから」
「そ、その願いは聞けねぇ」
「冗談だよ。何に使うか知らんがまた見てやる。見るたびラーメン一杯な。こいつの修理五日かかったからラーメン5杯で」
「オーケー。一万超えなければいいよ」
「トッピングしてもいいやつじゃん。やったぜ。墓穴堀り誠君あじゃーす」
「うぐっ、まぁいいだろう。ホント助かった。掃除と組み立てくらいは一人でできるから」
「おう、帰らせてもらうぜー。じゃなー」
荷物はすでにまとめてあったのか、数秒で作業部屋から姿を消す。
「ようやくあのわけのわからんゲームができるわけだ。これで何もかもデマなんて言うんじゃねぇぞ~?」
誰に言ったわけでもなく、誠は最終段階に入ったNC-ギアへと腕を伸ばした。