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第八話 十字架に降り積もる雪

 グレイシアは泣かなかった。

 血の気を失い、冷たくなった父親の姿を目にした時も、厳かに執り行われた葬儀の時も、棺に入った父親が埋められた時も。

 夫の死を悲しみ、やつれ果て泣き続ける母親をいたわり、気丈に振る舞っていた。笑顔こそ見せなかったが、取り乱すこともなく、何事もなかったかのように淡々と死の儀式を見守っていた。

 誰しもがグレイシアの毅然とした振る舞いに感心していたが、リオは彼女のことが心配だった。グレイシアは父親の死を受けとめることが出来ず、悲しみを封印して認めようとしないだけじゃないかと。力いっぱいピンと張りつめた糸が、ある日力に耐えかねて突然切れてしまうように、グレイシアの張りつめた心が、いつか粉々に砕けてしまうんじゃないかと、気が気でなかった。

 冷たい風が吹く暗雲の元で行われた納棺の儀式が終了し、参列者が皆帰った後も、グレイシアは父の墓の前に立ち、真新しい十字架をじっと見つめていた。

 彼女は、表情を変えず瞬きもせず、一心に十字架を見つめている。

「グレイシア……」

 リオはためらいがちにグレイシアに声をかけた。

「もうすぐ日が暮れる。そろそろ帰ろうよ」

 リオは冷たい風を避けるように、肩をすぼめて黒いマントを羽織りなおした。丘から吹いてくる風は、身を刺すように冷たい。

「先に帰って良い」

 十字架から視線を外さずグレイシアは言う。

「私はもう少しここにいる」

 グレイシアの黒い喪服の裾が風になびく。風に倒されてしまいそうな程、華奢なグレイシアの身体。だが、十字架を見つめる彼女の視線は鋭く、何者も寄せつけないような頑丈な鎧で覆われているかのようだった。

「風邪、ひくよ……今日は特に寒いから」

「大丈夫。日暮れまでには帰る」

 グレイシアはようやくリオの方に顔を向け、鋭い視線を弛めた。

「それなら、僕も残る」

 リオは寒さで身震いしつつ、グレイシアの隣りに寄り添って立った。

「風邪をひきそうなのは、リオの方じゃないのか?」

 ほんの一瞬だけ、グレイシアの口元に笑みが浮かんだ。

「今日は特別に寒いんだよ。本当に大丈夫? 君は寒さが苦手なんじゃないのかい?」

 リオは心配そうにグレイシアの顔を覗き込む。

「そうだったね……」

 他人事のようにグレイシアは言った。

「寒さなんて感じなかった……」

 肩をすくめて、彼女は息を吐いた。その息が冷たさで白くなる。

「リオ、私は、お父様が亡くなられたというのに……」

 グレイシアは目を伏せ、低い声で呟くように言う。

「……え?」

 はっきり聞き取れず、リオは聞き返した。グレイシアは目を伏せたまま、長いまつげを何度か瞬かせる。

「涙さえ出ない。悲しみも怒りも、何も感じない。お父様が亡くなられたなんて、私にはまだ信じられなくて……」

「グレイシア……」

「お父様は私の誕生日までにはお帰りなるつもりで、私に誕生日のプレゼントを買ってくださっていたんだ。それと、私宛に手紙も書いておられた」

「君に手紙を?」

「あぁ、その手紙に──」

 グレイシアはふと言葉を切って、空を見上げる。

「雪……?」

 どんよりとした冬空から、チラチラと雪が舞い降りてくる。南国のヴェスタには珍しい雪だ。グレイシアは両手を広げて、空から降ってくる雪達を受けとめた。

「どうりで寒いと思った。この分だと積もるかもしれないよ」

 リオも空を見上げる。雪は風に舞いながら、次から次へと降ってくる。

 リオとグレイシアの喪服も、いつの間にか雪で白く染まっていく。イグネイシャの墓にも雪は舞い降りてきて、真新しい十字架の上に静かに降り積もっていった。










今回は、少し短めでした。

企画小説の執筆のため、次回の更新遅れるかもしれません。全く違うタイプの作品を書く場合、一度頭の中をリセットして空っぽにしないと書けないもので…^^; が、コメディとシリアスを交互に書くというのも、結構楽しいかもしれませんね〜

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