第四十六話 少女グレイシア
「そんなに固くならず、もう少し側に来てくれないか」
突っ立ったままのグレイシャスに、ウーリは微笑みかける。
「……はい」
グレイシャスは俯いたまま、おずおずと彼の元に近寄っていく。
「イグネイシャ様は、家に来てご家族のことをいつも楽しげに話されていた。そう、リオという少年を養子にされたことも聞いたよ。イグネイシャ様は、息子が出来たことをとても喜んでおられた。あの方には息子がおられなかったから」
「……」
グレイシャスは複雑な表情をして顔を上げる。
「グレイシア、久しぶりだね」
ウーリは笑みを浮かべ、彼女の青い瞳を見つめる。
「すっかり大きくなって、立派になったな。いや、綺麗になったと言った方が良いのか」
「ウーリ様、私は──」
「分かっているよ。皆には女であることは内緒なのだろう。このことは誰が知っているんだ?」
「リオだけが知っています」
グレイシャスは目を伏せる。
「申し訳ありません、ウーリ様。騎士団に入るため、どうしても男装する必要があったのです。それに、父の敵を討つためには、男でいる方が都合が良かったのです」
「誤らずとも良いのだよ。君が考えて決心したことだ。しかし……」
ウーリは軽く息を吐き、負傷した左腕をさする。
「イグネイシャ様が暗殺され、あの小さくて可愛かった君が敵討ちをすることになるとは……もう少し違った形で再会出来れば良かったな」
ウーリは昔を懐かしむように、目を細め優しげな眼差しでグレイシャスを見つめた。
「君は覚えているか? まだとても小さかったのに、子供用の剣を持って私を追いかけ回していたことを」
「ウーリ様を?」
グレイシャスは顔を上げ、頬を染める。
「私もまだ幼かったが、遊び半分で君と剣の稽古をして、本気で私に立ち向かってくる君にたじたじになっていたよ。子供心に、君は将来腕の良い剣士になると確信した」
ウーリは笑う。
「その予想が当たったようだな。だが、イグネイシャ様の敵討ちには危険が伴う。私も危うく命を落としそうな目にあった。敵はどこにいるか分からないから、十分用心することだな」
「はい」
「覚悟は出来ていると思うが……人、一人の命を奪うということは、こちらも命がけで立ち向かわなければならない。分かっているな」
「はい! 私は故郷のヴェスタを出た時から、男として剣士になると決めた日から、覚悟しています」
グレイシャスは声を強め、真っ直ぐにウーリを見つめて言う。
「それならば、もう何も言うまい。君は、あの時と同じ目をしている。真っ直ぐな君の青い瞳を見た瞬間、幼い日のグレイシアのことを思い出したよ」
ウーリはそう言って静かに笑った。
侍女に案内された二人部屋の客室には、先にリオが入っていた。彼はぼんやりと窓の外を眺めていた。
「ウーリ様はどんな話しをされたんだい?」
グレイシャスが部屋に入って来ると、リオはふり返って尋ねた。グレイシャスは窓辺のリオの元まで歩いて来る。
「ウーリ様は、私がグレイシアだと気付いていた。それでも、私のことは内緒にしてくれて、協力してくださるそうだ」
「そうか、やっぱり昔からイグネイシャ様と交流があるから分かっていたんだね」
「ウーリ様は、幼い頃の私のことをよく覚えていてくださった」
グレイシャスは口元を弛める。
「私は小さな頃からとても気が強かったようだ」
「グレイシャス……」
リオは外を眺めるグレイシャスの横顔を見つめる。
「何だ?」
「僕達はもう『勇隼騎士団』を出たんだ。君は男のフリをする必要はないよ。そろそろ皆に本当のことを話して、グレイシアに戻ったらどうだい?」
グレイシャスは驚いたようにリオを見る。
「それは出来ない。私が女だと分かれば、皆の態度が変わってしまう。一緒に旅することも容易ではなくなる」
「それはそうだろうけど……大変じゃないか? 男のフリをし続けるのは」
「そんなことはない。私は今の生活が気に入っているよ。元もと私は男に生まれていた方が良かったのかもしれないな」
グレイシャスは声を立てて笑う。
「そう、そうかもしれないね……このまま君が本当に男になってしまうんじゃないかと思えてくるよ」
リオは、肩をすくめる。