第四十五話 幼き日の記憶
露店のある通りを過ぎ、緩い坂道を上って行った高台にエクトルの屋敷はあった。街全体が見渡せる広い敷地内に、風格のある建物が建っている。
長く続く坂道、木々が植えられた広い庭、幼い頃訪れたその場所は、グレイシャスの記憶の片隅に今も残っていた。ウーリのこともウーリの両親のことも、覚えてはいないが、この場所を夢中で駆け回った記憶は、あの天使の飾り物と共に覚えている。
グレイシャス達は、ジョシュアに導かれ、屋敷の中に入って行った。
ウーリは部屋のベッドに上半身を起こし横たわっていた。左肩から腕にかけて、痛々しく何重にも包帯が巻かれている。静かに目を閉じていた彼は、ジョシュア達が達が入って来ると、瞼を開けた。
「ウーリ、心配したよ。大丈夫かい?」
ウーリの姿を見るなり、ジョシュアは彼の元に近づいていく。ウーリは、生真面目そうな眼差しで彼を見ると、口元を弛めて微笑んだ。
「痛みはだいぶ和らいだよ。まだ、当分左手は使えそうもないけれどね」
彼は、グルグルと包帯で巻かれた左腕に目を向ける。
「一体誰がこんなことを? 心当たりはあるかい?」
「いや、見たこともない連中だった……おそらく彼らは金で雇われた者達なのだろう。誰が私を殺そうとしたのかは分からないが」
「何故、君を殺そうと? 目的は何だ」
ウーリは軽くため息をつく。
「実は数週間前から私宛に脅迫状が届いていたんだ。『あの件から手を引かなければ、お前の命はない』と……ずっと無視していたが、彼らはとうとう実行に移したようだ」
「やっぱり、イグネイシャ様の……だが、何故私達の動きが奴らに分かったんだろう」
ジョシュアは顔をくもらせる。
「さぁ……どうやら、彼らの黒幕は、かなりの権力者らしいな。至る所に情報網を広げているようだ」
ウーリは言葉を切ると、ジョシュアの後ろで神妙な顔をして突っ立っているグレイシャス達に目を向ける。
「ところで、随分大勢で見舞いに来てもらったようだが、あの少年剣士達は君の友人か?」
ウーリは、緊張した様子の彼らを見てフッと笑う。
「あぁ、紹介が遅れた。彼らは『勇隼騎士団』の仲間だ。私と同じように騎士団を脱走してきたようだが」
ジョシュアはグレイシャス達の方をふり返る。
「私が騎士団に置き忘れて来た君の手紙を読んで、はるばるここまでやってきたそうだ。グレイシャスとリオはイグネイシャ様の息子なのだそうだ」
「イグネイシャ様の息子?」
ウーリは驚いた表情で少年達を見つめる。
「ウーリ様、私とリオは、父の死の真相を知り父の敵を討つつもりです。そのために、あなた方のお話を聞きたくてここまで来たのです」
グレイシャスは一歩前に出て言った。
「君がイグネイシャ様の息子?」
ウーリはグレイシャスの澄んだ青い瞳をじっと見つめた。
「イグネイシャ様と私の父は昔から親しくて、何度もこの家に訪ねて来られたよ」
ウーリは懐かしげに目を細めて口元を弛める。
「そうだ……一度、小さな娘さんを連れて来られたことがあった。イグネイシャ様はたいそう可愛がっておられた。あの方は君達のお姉さまだったのかい?」
「……」
「そうです。僕達の姉です。僕達が生まれる前のことだと思います」
目を伏せて口ごもるグレイシャスの代わりにリオは答えた。
「そうか……確か、グレイシアという名だった。たいそう元気で可愛らしい方だった。彼女は元気かい?」
「……はい」
グレイシャスは顔を上げて答えた。
「君によく似ている。賢そうな綺麗な瞳をしていたよ」
ウーリはグレイシャスを見つめながら微笑んだ。
「皆、遠い所を良く来てくれた。しばらくこの家でゆっくり過ごすと良い。私はこんな姿だが、君達に出来る限りのことはしよう」
ウーリはそう言うと、ベッドの側に置いていた呼び鈴を鳴らした。直ぐに侍女が現れて、ウーリに一礼する。
「この方達を客間に案内して、直ぐに食事の準備をしておくれ」
「かしこまりました」
「話しはその時聞くとしよう」
グレイシャス達が侍女に案内され、部屋を出ていこうとした時、ウーリはその背に声をかける。
「グレイシャス」
最後に部屋を出ようとしていたグレイシャスはふり返った。
「君に話しがある。少しだけ残ってくれるか」
「あ、はい……」
グレイシャスは緊張気味に返事をした。
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