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第四十三話 天使の飾り物

 グレイシャス達を乗せた馬車が、クランガンの街に到着したのは、夕暮れ間近だった。クランガンは騎士団のあるキルテアの街よりはるかに大きく、商業の街として栄えていた。広い通りにはひっきりなしに馬車が行き来し、路店や行商人の数も多く、物売りの声が途切れることはない。街中が活気に満ちていた。

 ジョシュアのいとこ、ウーリ・エクトールが住む界隈で馬車を降りたグレイシャスは、道行く人々の多さに圧倒されていた。

「手紙に書かれていた地名では、確かこのあたりだね。三番通りというと……」

 リオは、建物の壁に標示されている通り名を見つめる。

「ここが二番通りだから、この奥だ」

 リオがしめした通りには、たくさんの露天商が並び、多くの人々が行き交っていた。物売りの声とお客の声があちこちから聞こえ、とても賑やかだ。その通りを、リオを先頭に、グレイシャス達は、キョロキョロと物珍しげに眺めながら進んで行った。


 込み入った路地を歩きながら、グレイシャスは幼い頃のことを思い出していた。幼すぎて記憶は確かではないが、父、イグネイシャに連れられ旅した街。混み合った路地、物売りの声、人々の話し声、笑い声。迷子にならないように、しっかりとイグネイシャの手を握り、足早に歩いて行った覚えがある。ゆっくりと路店を見て回る余裕もなく、ひたすら石畳ばかり見て歩いていた。

 と、通りから軽やかなベルの音が、グレイシャスの耳に届いてきた。どことなく懐かしさを覚え、彼女は音のする方へ目を向ける。音は、路店の物売りが手にしたハンドベルから聞こえている。店にはたくさんのハンドベルや飾り物が並んでいた。

「あれは……」

 グレイシャスは、ふと足を止める。台の上に所狭しと置かれている飾り物の一つが、彼女の目にとまった。それは、天使の姿をした蝋細工の飾り物。紐の先にくくられたたくさんの天使が、一塊りとなってぶら下がっていた。

「お父様にねだって買ってもらった天使」

 今日みたいに、ベルの音につられ顔を上げた時、蝋細工の白い天使たちがグレイシャスの頭上にあった。まるで、グレイシャスを見下ろしているように、天使たちは白い羽を広げてぶら下がっていた。昔と変わらぬその飾り物に、グレイシャスは思わず微笑む。

「これを一つ」

 彼女は一つの天使を手に取り、物売りに差し出す。

「あんたは運が良いね。それは、幸運のお守りだよ」

 店の男がにこやかに笑う。

 あの時も気に入って、買ってもらってからは肌身離さず持ち歩いていた。だが、今はその時の天使はどこにもない。旅の途中でなくしてしまったのか? グレイシャスは思い出せなかった。

「グレイシャス! 何をしている!」

 彼女が立ち止まっていると、突然前方からオリビエの声がした。

「呑気に買い物などしている暇はないだろう。一体誰のために、こんな所まで来たと思っているんだ」

「すまない」

 グレイシャスは、恨めしげに言い放つオリビエに詫び、男に金を渡すと、天使の飾り物を鞄の中に収めた。

 長く続く路店の通り。以前、この道を通った時も、エクトール家へと向かっていたのだろう。その時は楽しい旅の途中。イグネイシャは幼い娘を連れて友人に会いに行くつもりだったはずだ。グレイシャスは複雑な面もちで、緩い上り坂の先を眺めた。

「泥棒!」

 その時、上り坂の上の方から女の叫び声がした。

「あの子供を捕まえて! あいつは私の金を盗んだんだよ!」

 人の波が動く中、小さな男の子が全速力で駆け下りて来る姿が見えた。幼い子供は行き交う人々の間をかき分けながら走って来る。その後ろから悲鳴にも似た声をあげて、小太りの女が追って来るが、その差はどんどん開いていく。道行く人々も盗人には慣れているのか、誰も関心を示さず知らん顔していた。

 子供は道を下り、グレイシャス達の側まで走って来る。

「捕まえて! そいつは泥棒だよ!」

 子供はちょうどリオの目の前まで走って来た。手を伸ばせば捕まえられる位置だ。だが、リオは子供に伸ばしかけた手を引っ込める。難を逃れた子供は、脇目もふらず駆け抜けていく。

「何で捕まえないんだよ! お前もあいつの仲間なのかい!」

 女はもの凄い形相でリオを睨む。だが、小太りの女の体力はつき、肩で息をしながらその場に座り込んだ。その間に、子供の姿は人混みの中にかき消えていた。

「リオ、何故捕まえなかったのですか? もう少しで捕まえられたのに」

 側にいたレスターは不思議そうにリオを見る。

「悪人は成敗しなければならない。お前は騎士として失格だな」

 オリビエは言い、肩をすくめる。

「悪人って……まだ小さな子供だったよ。あの子も必死で生きているんだ」

 リオは小さな少年に自分の幼い頃の姿を重ねていた。食べる物さえなく、生きていくことがやっとだった日々。

「それでも盗みは──」

「私が君の立場だとしても、子供を逃がしていただろうな」

 その時、レスターの言葉を遮るように、別の声が聞こえてきた。皆は、一斉に声のする方を振り向く。






  

今回はいつもよりちょっと長めです。

今年も「夏ホラー」のシーズンになり、今回も参加したいと思ってます。なので、更新がまた遅れます。(^^;)ストーリーはなんとなく頭の中に浮かんでいるので、早めに書けるかもしれません。この作品と同じような時代設定で、昔の洋物にしようと思ってます。

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