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第四十二話 旅の伴

 朝霧の立ちこめる静かな庭の片隅に、一頭の漆黒の馬がいた。その傍らには、馬と同じ黒いマントを羽織った騎士、エリヤが佇んでいた。澄み切った朝の空気は冷たかったが、昨日の凍えそうな寒さに比べれば、南国のような温かさだ。セテは白い息を吐きながら、エリヤの元に走って行った。彼は今にも黒馬にまたがり、霧の中へと去って行ってしまいそうにみえる。

「エリヤ! エリヤ・テミス!」

 霧の中にセテの声がこだまする。黒い騎士は顔を上げ、セテの姿を確認すると目を細めた。

「一晩で随分元気になったな。昨日はもう少しであの世に旅立とうとしているように見えたが」

「俺は柔な人間じゃない」

 ようやくエリヤの元にたどり着いたセテは、息を切らせながら言う。

「ただ、昨日は本当に俺ももうお終いかと思ったよ……あんたに礼が言いたくて」

「私はただお前をここまで運んだだけだ。礼なら、ストーニー家の令嬢に言うんだな。一晩泊めてくれたうえに、献身的にお前を看病してくれた」

「あぁ、あのカティーナという娘」

 エリヤは口元を弛めて笑う。

「美しい娘だが、手を出すな。彼女には既に許婚いいなずけがいるそうだ」

「許婚? まだ、子供に見えたけど」

 セテは肩をすくめ、首を振る。

「確かに綺麗な子だったが、俺の好みじゃない」

「フッ、生意気なことを。ま、彼女はお前とは不釣り合いのようだな」

 エリヤは黒馬の首を軽く叩き、軽やかに馬にまたがった。

「とにかくお前の元気な姿を見られてよかった」

「……あ、待って」

 手綱を引き、立ち去ろうとする彼をセテは制する。

「これから何処に行く?」

「私は旅の途中だ。特に行くあてはない」

 素っ気なく彼は答える。

「何故、俺を助けた?」

 エリヤはしばらくセテを見つめ、ゆっくりと口を開いた。

「お前が道の真ん中で倒れていたからだ。放っておくと、通行の邪魔になるだろう」

「ただそれだけの理由で?」

 呆れ顔のセテを見て、彼は鼻で笑う。

「私の所持金もそろそろ底をついてきた。お前を盾にして、一晩泊めてもらうのも悪くないと思ってな。幸い、親切な貴族の屋敷にたどり着いて、この上ないもてなしを受けることが出来た」

「はぁ……あんたも貴族なんだろ? 家に帰れば優雅な暮らしが待っている訳だ」

「私には帰る家などない。もう、とっくの昔に家を捨てた身だ」

 一瞬、エリヤの黒い瞳が陰る。

「騎士の格好をしてはいるが、一文無しだ。そろそろ傭兵として働かねばならないな」

「待って、俺も元は貴族だった」

 馬を進めようとするエリヤの前に、セテは立ちはだかった。

「剣だって持っているさ」

 セテは腰の剣を掲げて見せる。

「今は錆び付いて使い物にはならないけど……あんたと俺ってどこか似てるよな。恵まれない貴族ってところ」

 セテは口を曲げて力無く笑う。

「ここで出会ったのも何かの導きかもしれないぜ。俺も一緒に連れて行ってくれないか?」

「断る。私にはあてなどないと言ったろう。お前の面倒などみれはしない」

「足手まといにはならない。俺は何だってする。あんたの家来になるよ。俺ももう一度騎士として生きてみたいんだ」

 セテは黒馬の手綱をしっかりと掴み放そうとしない。例え剣で斬りつけようと、彼は手綱を放しそうもない様子だった。

「やれやれ、とんだ拾い物を授かっしまったようだな」

 セテの真っ直ぐな瞳を見つめ、エリヤは軽くため息をつく。

「あのままお前を置いて通り過ぎれば良かった」

「俺はあの時一度死んで、生まれ変わったんだ。そのうち、俺がいて良かったとあんたも思う時がくるさ」

 セテは、渋々差し出したエリヤの手につかまり、黒馬にまたがった。

 やがて、朝霧は次第に薄くなり、徐々に視界が開けてきた。二人の乗った馬が、ウィンスタンを去る頃には、薄く青空が広がり、柔らかな日差しが差し始めていた。






 

しばらく横道にそれていましたが、次回からまたグレイシャス達の元に戻ります。

登場人物がかなり多くなってきましたが、それぞれの人物にスポットをあてて書いていくのも結構楽しいです。(^^)

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