第三十九話 運命的出会い
「馬があれば、こんな窮屈な馬車などで移動しなくて良いのに」
シェリーが調達した馬車に乗り込んだオリビエは、座るなり愚痴をこぼす。六人乗りの馬車は、三人ずつ向かい合って座ると身動きするのもやっとだった。
「この先、旅が長く続けば、馬が必要になるかもしれないね」
馬を連れて来れば良かったとリオも思うが、騎士団の馬小屋は夜間施錠してあったため馬を出せなかった。イグネイシャに買ってもらった愛馬リンドや、グレイシャスの白馬リリーを置き去りにしてきたことが気がかりだった。
「この旅が終われば、一度騎士団に戻らねばならないな……」
グレイシャスも、家族のように慕っていた愛馬のことを気にかけていた。愛馬、リリーを連れて来なかったことが、今更ながら悔やまれる。リリーほどの名馬はそうそういない気がした。だが、もう後戻りすることは出来ない。今度いつ騎士団に戻れるのか見当もつかないが、今は先に進むしかない。
御者の掛け声と共に、馬車は静かに動き出した。日暮れ前には、クランガンに到着出来そうだ。
──お父様の敵を討ち、リリーの元に戻る日が早くくれば良い。
グレイシャスは、馬車の窓に目を移し、広がる海を見つめた。青く澄み渡った穏やかな海。日の光が海面に反射して、キラキラと輝いている。イグネイシャと旅した幼い日の思い出が微かによみがえる。あの頃は、ただはしゃいで、父との旅を心ゆくまで楽しんでいた。父の愛に包まれた平和な日々。もう一度、この海を渡ってキルテアに戻る時は、この海のように穏やかな日々が戻っていれば良いと、グレイシャスは眩しい光りに目を細めながら願った。
グレイシャス達を乗せた馬車は、速度を速めてセント・フェローの港を去って行った。シェリーは店先に立ちつくし、馬車が小さくなり視界から消え去るまでずっと見守っていた。突然現れ、アッという間に立ち去って行った六人の少年騎士達。彼らと過ごした時間は僅かだったが、彼らはシェリーの心を大きく揺れ動かしていった。ジョシュアと彼らが繋がっていたことも、どこか運命的な出会いを感じる。
何かにせかされるように、慌てて港を去って行った少年達。
「グレイシャス・フィリス様……」
最後にようやく名前を聞き出せた、美しい少年騎士。彼の顔と声が、ずっとシェリーの頭の中から離れないでいた。今まであれほど美しい人を見たことがなかった。着飾った貴族の娘よりも、ずっと綺麗で品がある。美しいだけではなく、何か強い信念を持ち、華奢な容姿とは裏腹に力強さが備わっていた。
「これは運命的な出会い……? もしかして、彼は私の運命を変えるような大切な方かもしれないわ」
運命の人と出会って二人で世界をめぐる旅に出る。夢見る乙女のような、シェリーの幼い頃からの夢が、彼女の心の中で溢れんばかりに大きく膨らみ始める。
「なのに、彼は私の元から立ち去ろうとしている。このままじゃ、グレイシャス様に二度と会えなくなるかもしれない」
そう考えると、シェリーはいても立ってもいられなくなる。
「シェリー! シェリー! どこにいるの!」
店の奥から母親の怒鳴り声が聞こえる。
「今日はお客が多いんだから、サボってないで早く戻っておいで!」
シェリーは大きく一息吸うと、決心したようにくるりと後ろを振り向いた。
「母さん、父さん、大事な話があるの!」
それは、あまりに無謀な計画。恋に恋する幼い少女のような、甘くてもろい考えかもしれない。しかし、シェリーの決心は固かった。
「私は今から旅に出ます。行き先は言えないけど、心配はしないで」
あきれかえっている両親の前で、彼女はキッパリと言い放った。
久しぶりの更新です~
実は、彼らの馬のことをすっかり忘れていました…^^;馬で移動する方が便利だし、グレイシャス達の愛馬も登場させたかったのですが、気付いた時には手遅れのような感じで。この先、いずれ馬は必要になるかなぁと思います。