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第三話 獅子の紋章

「あなたは誰?」

 グレイシアの青い瞳に警戒の色がよぎる。

「あっ、ごめん。僕はリオ。ついさっき、君のお父さん達と一緒にここに来たばかりなんだ」

「お父様!?」

 とたんに、グレイシアの顔が喜びで輝き始める。

「お父様がお帰りになったんだね!」

 そう言うが早いか、彼女は白百合の丘を下り、リオの脇をすり抜けた。

「あっ、待って! グレイシア!」

 リオは慌てて彼女の後を追う。イグネイシャに聞かされていた通り、グレイシアは元気な少女だった。その清楚で愛らしい容姿とは裏腹に、態度も言葉遣いも少年のようだ。走るのも恐ろしく速く、見る見るリオとの距離を広げていく。



「お父様ー!」

 美しい金色の髪を揺らしながら、グレイシアが屋敷の中に駆けこんで行った後、リオは大分遅れて屋敷の庭に到着した。

「グレイシア……」

 息を切らせてリオが立ち止まった時、馬小屋の方から一台の馬車が近づいて来た。二頭立ての立派な馬車が、リオの直ぐ脇を通る。馬車の天蓋には、獅子の絵を形取った紋章が飾られていた。家紋なのだろうか、勇ましい獅子が口を大きく開けている。

 リオが紋章に見とれていると、馬車の窓から一人の青年がリオに顔を向けた。まだ顔にはあどけなさを残しているが、リオに向けた眼差しは研ぎ澄まされた剣のように鋭かった。リオはギクリとして身を引いた。

 漆黒の瞳に一瞬だけ笑みを浮かべた青年騎士。彼は御者の引く馬車に乗って、去って行く。リオは、通りがかった馬車をチラリと目にしただけだ。だが、彼の鋭い瞳と獅子の紋章は、その瞬間リオの脳裏に鮮明に焼き付き、長い間忘れることはなかった。



「獅子の紋章?」

 抱え上げていたグレイシアをポンと床に下ろし、イグネイシャはリオに目を向ける。

「はい、さっき庭ですれ違った馬車の天蓋についていたんです」

「あぁ、アイネスに住むスマラ家の家紋だ」

「アイネス?」

「ここよりもっと南の国。リオは何にも知らないんだね」

 イグネイシャの代わりにグレイシアが答える。

「ちゃんと勉強している?」

「ううん……学校にも行ったことないし」

 リオは目を伏せる。戦いから逃げ回っていたリオは、生きていくことだけで精一杯だった。文字の読み書きさえ、まともに出来はしない。

「これからは、グレイシアと一緒に学べば良い」

 イグネイシャは声を立てて笑った。

「グレイシアは教師より厳しいかもしれんぞ」

「その、アイネスのスマラ家の人とは、知り合いなんですか?」

 リオは顔を上げ、イグネイシャに聞いた。馬車の青年騎士のことが、リオは気になる。

「あぁ、偶然ヴェスタに来ていた所、私が戻って来たことを誰かに聞いたらしい。だが、軽く挨拶を交わしただけで直ぐに帰って行ったよ」

 イグネイシャは息を吐き、肩をすくめる。

「彼らとは、騎士同士の付き合い程度だ。それ程親しい間柄ではないがな」

「私もアルス様は嫌い! いつも意地悪そうに笑っているから」

 グレイシアは口を尖らせる。

「あの若い男の人がアルスという人?」

「いや、リオが見たのはアルス様の息子の方だろう」

 さっき目にした漆黒の鋭い瞳を、リオは思い浮かべる。

「彼の名前は──」

「まぁ! グレイシア様!」

 リオが名を聞こうとした時、部屋に入って来た侍女が悲鳴のような叫び声を上げた。

「ドレスが泥だらけじゃありませんか! ドレスをお召しになっている時は、もう少しおしとやかに過ごしていただかないと」

 近づいて来る侍女から逃れようと、グレイシアはイグネイシャの後ろに回りこむ。

「だから、ドレスを着るのは嫌いなんだ。でも、今日はお父様が帰って来られると聞いてたから……」

 グレイシアは甘えたようにイグネイシャの腰に手を回し、彼を見上げる。そんなグレイシアにイグネイシャは優しい眼差しを向けた。

「ドレスを着ようとズボンをはこうと、私にとってはどうでも良いことだ。私にとってはどちらも大切なグレイシアだからな」

「イグネイシャ様はグレイシア様に甘すぎです。メリーネ様もいつもおっしゃっておられますよ」

「お母様が、厳しすぎるだけ」

 頬を膨らませ父親の陰に隠れるグレイシアの手を、侍女は引っ張る。

「お湯を浴びてドレスをお着替えにならないと。今夜は宴ですよ。キルテアのブライド様も、もうすぐおいでになりますよ」

「ブライド様が!」

 グレイシアはとたんに笑顔になる。

 次々に出てくる見知らぬ地名や名前に戸惑いつつも、リオは楽しげにグレイシア達の様子を見守っていた。

「ブライド様って?」

 侍女に連れられて行くグレイシアの後に従いながら、リオは聞いた。

「キルテアのブライド様を知らないなんて! 本当にリオはなーんにも知らないんだね。ブライド様はお父様の大親友。騎士の中の騎士で、誰からも尊敬されている方だよ」

「へぇ……で、キルテアって?」

「もう! 後で地図を見ながら私が教えてあげる。リオはもっともっと勉強しなきゃ」

 ころころと表情を変えながら、グレイシアは自分の部屋へと入って行く。

「リオも一緒にお湯を浴びる?」

 グレイシアはくるりとふり返り、リオに笑顔を向けた。

「えっ?」

「グレイシア様! 将来貴婦人になられる方が、そのようなはしたないことを!」

「どうして?」

「リオ様は後ほど、別のお部屋でお湯を浴びられます」

 侍女に強引に手を引かれ、グレイシアは扉の向こうに消えていった。リオはそれを見て、クスッと笑う。

「リオ様か……」

 そんな呼ばれ方、リオは今まで一度もされたことなどなかった。昨日までとは全く違う生活。絵に描いたように裕福で幸せな家族。リオの目には何もかもが美しく、キラキラ輝いているように見えた。









貴族風の言葉遣い、難しいですね…注意してないと間違えそうです。(既に間違っているかも)国名、人名、書きながら思いつくまま考えてます。架空の世界では、重要ですね。たくさん出てきてややこしいと思います。

私自身もリオ君状態です。^^;

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