第三十八話 肖像画の少女
「なんで? 凄く良く描けてると思うよ。君の可愛い表情がよく現れている」
睨み付けるように肖像画から目を離さない少女に、エリアスは言う。
「だって、これじゃ普通に働いている私だもの。彼にちゃんと頼んだのよ、貴婦人が着るような美しいドレスを着ている姿を描いてって、それなのに……」
「だけど、それじゃちっとも君らしくないよ」
リオはフッと笑って、肖像画と少女を交互に眺める。
「高価なドレスを着ている君は、描き手も想像しにくかったんじゃないかな?」
「それもそうだ。だいたい庶民の娘が、貴族の着るドレスを着たところで似合うはずはないだろう」
オリビエもリオに同意して、少女を一瞥した。
「酷い! それはどういう意味かしら? 庶民の娘はドレスを着ちゃいけないって言うの!」
少女はオリビエに向き直ると、声を荒げる。
「そんなの差別じゃない! 貴族の娘と庶民の娘のどこが違うって言うのよ!」
「違いは歴然としているだろう。品のある貴族の娘が、君のように怒鳴り散らすことはない。いくら素晴らしいドレスを着ていようが、中身が伴わなければ滑稽なだけだ」
肩をすくめて言うオリビエに、少女の怒りは爆発寸前になる。
「まぁ、まぁ、落ち着いて」
テーブルに詰め寄る少女をなだめるように、エリアスは言った。
「僕はこの絵もドレスを着た君の絵も、どちらも素敵だと思うな。モデルも素晴らしいが、描き手も素晴らしい。一体、この絵の描き手は誰なんだい?」
「名前なんてもう忘れちゃったわ。彼はここに一晩だけ泊まって、直ぐに出ていったから」
少女は頬を膨らませたまま、ツンと顔をそむける。
「旅の途中の画家かい?」
「ううん、彼も騎士のようだったけど」
少女は首を傾げ、数日前の出来事を思い出す。荒れた海の船上での出会い。彼と過ごした時間は短かったが、記憶には鮮明に残っている。彼は、少女の絵を描いて一晩泊まった後、夜明けと共に立ち去って行った。別れも告げず、知らない間に出ていったが、置き手紙のように、店の壁に少女の肖像画を貼り付けていた。少女は、彼に絵の文句さえ言うことが出来なかった。
「なんだか変わった人だった」
「あ……絵の隅にサインが書かれているよ」
肖像画を見つめていたギリアンは、椅子から立ち上がると絵に顔を近づけた。
「えっと、親愛なるシェリーへ、ジョシュア・ディアス……」
ギリアンの言葉に、少年達は息を呑んだ。
「ジョシュア!? あのジョシュア・ディアスなのか?」
それまで黙っていたグレイシャスは、音を立てて勢いよく椅子から立ち上がる。肖像画をよく見ると、シェリーという少女のデッサンの隅に、確かにジョシュア・ディアスとサインされてあった。
「彼は、ジョシュアは、勇隼騎士団の団員だと言っていましたか?」
絵から視線を外したグレイシャスは、シェリーに向き直って尋ねた。
「え? あ、いえ、はっきりとは聞いてないのですけど……」
グレイシャスに正面から見つめられ、シェリーは戸惑いながら頬を染める。
「騎士は辞めたと言っていた気がします」
「彼は、ここから、クランガンに向かったのですね?」
「ええ……」
シェリーは小さく頷いた。
ジョシュアがこの港に着き、クランガンに向かったことがはっきりした。彼がまだクランガンにとどまっているかどうかは分からないが、そこでウーリに会ったことは確かだろう。
グレイシャスは、一刻も早くクランガンに行きたかった。
「食事が済めば、私達はクランガンに向かいます。クランガン行きの馬車を調達していただけますか?」
「は、はい」
シェリーは軽く一礼すると、慌ててその場を去って行った。
二月は更新出来ませんでした…しばらくぶりの更新です。
今回短かったですが、思うように執筆出来ず苦労しました。^^; もう一度しっかりとストーリーの骨組みを把握しながら書かなきゃいけないと思いますが、彼らと一緒に旅の気分を味わいながら楽しんで書きたいです。