第三十六話 セント・フェローの港
「レスター、大丈夫か?」
少しよろけながら桟橋に降り立ったレスターに、グレイシャスは声をかける。
「はい。まだ少し体がふわふわ揺れている気がしますが、気分は大分良くなりました」
レスターは軽く笑う。
「船に乗ることなど滅多になかったもので、船には弱いのです」
「けど、今回の揺れはたいしたことないと思うよ。酷いときには、船が沈没しそうになるくらい傾くらしいからね」
続いて船から下りて来たエリアスは言う。
「そうなったら、オリビエとギリアンはどうなるだろうね」
エリアスは、船から下りた途端、桟橋に座り込んでいる二人に目を向けて微笑む。二人ともまだ顔色が悪く、立ち上がる気にもなれないでいる。
「オリビエ、もうすぐ夜明けだ。ここらで美味しい料理屋を知らないか?」
「うるさい! 食べ物の話などするな」
オリビエは青い顔をしてエリアスを睨む。
「船の中ではほとんど何も食べてないんだ。僕はお腹がぺこぺこなんだけど。美味しい肉入りスープが飲みたいな」
「やめろと言ってるだろ」
笑いながら近づいて来るエリアスに、オリビエは口元を押さえながら弱々しく言い返す。その横でギリアンはじっと目を閉じ膝に頭を押しつけていた。
「あんなに揺れても平気だなんて信じられないよ……」
目を瞑ったままギリアンは呟く。船を下りた後もまだ彼の頭はグルグル回転していた。
「まぁ、食事はもう少し後にするとして、これからどうしようか?」
彼らの話を笑いながら聞いていたリオは、グレイシャスに聞く。
「そうだな。ジョシュアがここに到着して大分日が経つし、彼はもうクランガンに着いているだろう。夜が明けて食事を済ませたら、私達も直ぐにクランガンに向かった方が良いな」
「そうですね。ここは小さな港町ですから、もしかしたらジョシュアの事を覚えている人がいるかもしれませんね」
「うん。見たところ宿屋や料理屋は数軒しかなさそうだし、ジョシュアもどこかの店には立ち寄っているはずだね」
リオは、まだ外灯の灯る薄暗い港を見渡す。桟橋の直ぐ側には、三軒の宿屋と料理屋らしき建物が並んでいた。
グレイシャスは、まだ日の昇らない暗い海に目を移す。波はほとんどなく、海は夜の静けさの中に包まれていた。初めて訪れる見知らぬ土地。これから何が待ち受けているのか、想像することさえ出来ない。
『お父様、とうとうここまで来ました。必ず、必ず敵を捜し出します。どうか、私達をお導き下さい』
グレイシャスは黒い海を見つめながら、腰に差すイグネイシャの剣を握りしめた。
港の夜は静かに明けていった。空が白み始め、海に朝陽が上る頃には、オリビエとギリアンも元気を取り戻していた。
「全く酷い目にあったものだ。私は二度と船になど乗らない」
オリビエは派手な羽根飾りの帽子を被りなおし、身繕いを整える。
「すっかり胃袋が空になってしまった。さっそく美味しい料理で満たさなければ」
彼は桟橋に並ぶ料理屋を物色しに行く。
「急に溜め込みすぎない方が良いよ。軽いスープくらいにしとけ」
笑いながらエリアスもオリビエに続く。
「オリビエはすっかり元に戻ったな」
悠然と歩いて行くオリビエの姿を見ながら、グレイシャスは微笑み、隣りに立っているギリアンに目を移す。
「ギリアンは大丈夫か? 何か食べられそうか?」
「うん、少しだけなら」
「さぁ、僕達も行こうか」
リオはそう言い、荷物を抱え持つ。
夜明けと同時に、どの店も開店の準備をし始めている。ほとんどの店が宿屋兼料理屋となっているようだ。彼らがそちらに歩いて行くと、一軒の料理屋の扉が勢いよく開いた。
今年に入って順調に更新出来てます~(※また、他の企画等があれば遅れます…)
ゆっくり彼らと旅を楽しみつもりです。(^^)