第三十五話 海へ
日は高く昇り、船は大海原の中をゆっくりと進んでいく。三百六十度、見渡す限り青い海が広がっている。天気は良く波は穏やかだ。
「今頃、騎士団は大騒ぎになっているだろうな」
甲板の手すりに手をかけ、エリアスは遥かに続く海を見つめて微笑む。彼の横にはグレイシャスとリオが立っている。
「アーガスとローランは街中を探し回っているよ。こんなに一度に脱走者が出たことは今までないからね」
「でも、もう諦めているさ。彼らも船に乗ってまで追いかけては来ないだろうし」
リオは言う。
「それにしても、グレイシャスとジョシュアが繋がっていたとはね」
エリアスはグレイシャスに目を向ける。
「僕としては、また彼に会えるのが楽しみだ。もう一度、彼宛の手紙を見せてくれるかい?」
「ああ」
グレイシャスは懐に手を入れ、エリアスに手紙を差し出す。彼女は船の中で、これまでのいきさつを皆に話していた。
「ジョシュアが手紙を置き忘れてくれたお陰で、君は手がかりを見つけられた訳だね。騎士団に入団して、ジョシュアが使っていたベッドを使うことになったっていうのも、偶然だけど運命を感じるね」
「私は、お父様が私達を導いてくださっているように思う。お父様はこの世に未練を残されて亡くなったのだから、私はどうしてもお父様の敵を討ってお父様の無念をはらしたいと思っている」
グレイシャスは果てしなく広がる海を真っ直ぐに見つめ、力強く言った。
「僕らは深く考えず、君達についてきたけれど……」
エリアスは、手紙を読み返すとフーッと息を吐いた。
「これは、楽しい旅の始まりという訳にはいかないね。命を懸けた闘いの旅か……」
「覚悟は出来ている。これは私の問題だから、君達を危険な目には合わせない」
グレイシャスは、エリアスに視線を移す。
「僕も一度は騎士を目指そうとした身、怖がっていないと言えば嘘になるけど、最大限の協力はするつもりだよ」
「ありがとう。そう言ってくれると心強い」
グレイシャスはエリアスを見つめ、柔らかい笑みを浮かべた。
「船がセント・フェローの港に着くのは、明日の明け方だな。それまで私も身を休めておくよ」
グレイシャスはそう言い、手すりから身を離し甲板から船室へと向かう。
「血は繋がっていないとは言え、君達は兄弟だから何も感じないかもしれないが……」
エリアスは去って行くグレイシャスの後ろ姿を見つめて言う。
「ふとした時のグレイシャスの笑顔と言ったら、ドキリとすることがあるな」
「え……?」
海を眺めていたリオは、エリアスに顔を向ける。
「あまりに綺麗過ぎてさ」
エリアスはコホンと咳払いする。
「僕にはそういう趣味はないけど……もし仮に、彼が女性だとしたら、間違いなく恋してしまうだろうな」
リオはクスリと笑う。
「グレイシャスが女だったら大変さ」
「ん?」
「あまりに男らしいからさ」
「はぁ……なるほど。確かに、綺麗ではあるけど、女らしくはないな」
エリアスは声を立てて笑う。
「海は凪いでいるね。このままセント・フェローまで順調に航海出来るかな?」
リオは再び海に目を移す。
「今のところはね。けど、もうすぐすれば海は荒れてくるよ。キルテアからセント・フェローの航路は、いつも荒れる。リオは船酔いは大丈夫か?」
「海の町で育ったから海には慣れているよ。どんなにしけていても平気さ」
「それなら良い。オリビエとギリアンは船が着くまで体がもつかな?」
エリアスはフフッと笑う。船に乗って間もなく、彼らは既にダウンしていた。
「レスターもあまり具合が良くなさそうだったな。船に慣れていない連中には、きつい航路だ」
「オリビエが静かにしてくれるのは助かるね」
「そうだな。グレイシャスとは揉めなくて良いし、側に貴婦人でもいようものなら、うるさくて仕方ない」
リオとエリアスは顔を見合わせて笑った。
「そろそろ僕らも船室に戻るか。海が荒れて船から振り落とされるといけないからな」
まだ凪いでいる青い海を見つめながら、エリアスは言う。長い旅は始まったばかり。今は穏やかな海が急に荒れるように、この旅も穏やかな日々が続くとは限らない。もしかしたら、荒れ狂う海よりも、もっと過酷な状況が待ち受けているかもしれない。
『一人の人の命を奪う旅』は、自分の命を奪われるかもしれない旅、なのだとエリアスは改めて思った。
皆さん、新年おめでとうございます!
今年初めての更新です。このところ順調に更新出来てます。(^^) 今年中に完結するのは難しいと思いますが、地道に更新していきたいと思います。
今年も宜しくお願いします。