第三十四話 深夜の脱走
リオは軽く息を吐く。
「君には無理だ。剣術の上手いグレイシャスやレスターでさえ、困難な闘いになるだろうに……。遊びに行く訳ではないんだよ。命をかけた闘いなんだ」
「それくらい僕にも分かってる!」
ギリアンは大声あげる。リオが唇に人差し指をあてて制するが、興奮気味の彼は一層声を強めて続ける。
「真剣だって扱えるよ! 僕にも覚悟は出来ているんだ!」
その声に、眠っていたエリアスも目覚め、もぞもぞとベッドから身を起こした。
「一体、何の騒ぎだい?」
エリアスは欠伸をかみ殺すと、眠そうな目で暗闇を見回す。
「エリアス! グレイシャスとリオは、レスターを連れてここを脱走しようとしているんだよ! 僕達を残して、勝手に出ていこうとしてるんだ!」
ギリアンはエリアスのベッドに駆け寄ると、彼に不満をぶちまけた。
「僕だって力になれるっていうのに、彼らはちっとも分かってない!」
「どういうことだい? さっぱり訳が分からないなぁ」
エリアスは目を凝らして暗闇を見つめ、グレイシャス達の姿を確認する。
「レスターがここを出ていくことは知っているけど、グレイシャスとリオも旅の装いをして……?」
「仕方がない」
それまで黙って成りゆきを見ていたグレイシャスは口を開き、ヤレヤレというように肩をすくめた。
「密かに出ていこうとしたが、ばれてしまっては黙っては行けないな」
「時間がないよ、グレイシャス。とにかく、説明より先に僕達は早く港まで行かなくては。君達が一緒に行こうが行くまいが、僕達は今すぐここを出ていく」
リオはギリアンとエリアスに向かってキッパリと言った。
「事情は分からないけど、ここを脱走するなら僕に任せておくれ。何度も脱走しているからね。それに、港までの近道も知っている」
エリアスは小さく笑った。
「君達の役に立てそうだ」
「そうか、それなら助かる。では、出発しよう」
グレイシャスは早口で言い、皆は小さく頷いた。エリアスは素早く荷物をまとめ、リュートを手にすると、ただ一人ベッドで安らかに眠っているオリビエに目を向けた。
「彼を一人残すのもまずいか……」
エリアスはツカツカと彼のベッドまで近づくと、勢いよく掛け布団をはがした。
「オリビエ! 起きろ、出発だ」
「……何だ?」
ようやく目を覚ましたオリビエは、目をこすりながら不機嫌な顔で起きあがる。
「いよいよ僕達も、本当にここを脱走する日がきたみたいだよ」
「脱走……?」
オリビエがキョロキョロと辺りを見渡すと、部屋の扉から足音を忍ばせて出ていくグレイシャス達の姿が見えた。
「何があった? どういうことだ?」
「事情はまだ僕にも分からないんだけどね」
エリアスはフッと笑った。
「後でグレイシャスが説明してくれるよ。とにかく、ここを出るつもりなら今がチャンスだと思う。早いとこ荷物まとめてついて来いよ」
「……」
唖然とした顔のオリビエを残し、エリアスも部屋を出ていった。一瞬にしてもぬけの殻になった五つのベッドが、闇の中に薄く浮かんでいる。オリビエは戸惑いながらも、素早く身支度を整えた。
「本当の脱走か……」
荷物を背負い、オリビエは一人呟く。毎日のように騎士団を抜け出し街に出向いていたが、夕暮れには必ず戻っていた。しかし、今回は、もう騎士団に戻ることはない。二度とここには戻って来ないのではないかという気がする。ジョシュアや他の脱走者達のように、いずれ自分も脱走するかもしれないと思っていたが、こんなに突然その日が来るとは予想もしなかった。
「しかも、あのグレイシャスと一緒に……」
オリビエは舌打ちし、荷物を抱えて素早く部屋を出ていった。