第三十二話 月の輝く夜
満月の明るい光りが、中庭を仄かに照らし出している。騒がしい食堂とはうって変わり、そこには静寂が満ちていた。グレイシャスは早々に食事を済ませると、一人食堂を出てきた。ギリアンは泣いてばかりで、リオは今夜の脱走の事で頭がいっぱいのようだ。レスターの事が気になって部屋に戻ろうとしたのだが、彼は剣を携えて中庭に佇んでいた。淡い月の光に照らされながら、彼はじっと空を見上げていた。
「綺麗な月だな」
レスターの背に向かって、グレイシャス声をかける。自分だけの世界に入り込んでいたレスターは、その声に我にかえり後ろを振り向いた。
「グレイシャス……」
レスターはそこにグレイシャスがいることに驚いて、彼女に目をやる。グレイシャスは静かに中庭に入ると、レスターの隣りに並んだ。
「ここからの空の眺めは美しい」
彼女は空を見上げる。手を伸ばせば届きそうなくらい近くに見える月と、その周りで小さく瞬く無数の星達。じっと見つめていると、空の中に吸い込まれていきそうだ。グレイシャスはしばらく無言で空を見上げていた。
レスターは月の光に照らされた彼女の横顔を見つめた後、そっと目を伏せた。
「……この中庭で月を眺めるのも、剣の稽古をするのも今日が最後になりそうです」
片手に持った剣を握りしめ、レスターは呟くように言った。
「騎士になるのをやめるのか?」
グレイシャスはレスターに視線を移す。彼は無言のまま唇をかんで俯いている。
「毎日誰よりも稽古をして、騎士になることを望んでいたのに」
「なれないんです……騎士になるには名誉ある家の紋章が必要です」
「レスターも紋章を持っているじゃないか。アンヴィル家代々伝わる名誉ある四つ葉の紋章を」
レスターは悔しそうに首を横に振る。
「私の家系は数百年前からウィンスタンの領主をつとめる貴族でした。大きな屋敷ではないですが、庶民と共にずっと平和に暮らしていたんです。しかし、度重なる自然の災害で土地は痩せていき、土地を離れる人々もたくさんいました。その上に元もと病弱だった父は数年前から体調を崩し、病に伏しています。ここ最近は、同じウィンスタンのギリアンの家、ハートン家からの援助を受けていましたが……」
レスターはフーと重い息を吐く。
「このままでは、ハートン家への借金の返済が出来なくなります。恥ずかしい話ですがアンヴィル家は、騎士団の支払いさえ厳しいのです……」
「……それで、これからどうするつもりなんだ?」
「ウィンスタンに帰ります。私が帰って両親を助けなければ」
「騎士になることは諦めるのか?」
グレイシャスは、もう一度レスターに問う。
「それは……」
「『騎士団』にこだわらなくても、騎士にはなれる」
「しかし、アンヴィル家が崩壊してしまっては、騎士にはなれません。騎士になるには家系が大事なんです」
「それなら……」
グレイシャスは言葉を切り、真摯な眼差しでじっとレスターを見つめた。
「私の故郷に、ヴェスタのダルク家にくれば良い。ヴェスタは小さな町だが、ダルク家には優秀な騎士達が揃っている。レスターはいくらでも修行が出来る」
グレイシャスの言葉に、レスターは首を傾げる。
「それなら何故、あなたとリオは勇隼騎士団に入団したのですか? ここに入団しなくても優秀な騎士になれるだろうに」
「それには、事情があるんだ」
グレイシャスは悪戯っぽい表情をして、口元を弛める。
「それに、実は私とリオも今日限りでここを去ろうと思っている」
「えっ……?」
突然のグレイシャスの宣言に、レスターは目を丸くする。
「フフ、また、ここから新たな脱走者を作ることになるな」
「どういうことですか?」
「良ければ、君も私達と共に旅に出ないか? 旅の目的を達成出来れば、私もリオもヴェスタに帰る。レスターも一緒に来れば良い」
まだ事情を飲み込めていないレスターに、グレイシャスは明るく言った。先の見えない二人の旅より、三人の方が心強い。剣術の上手いレスターが一緒なら、父の敵討ちの手助けとなってくれるだろう。彼が承諾してくれるかどうか分からないが、グレイシャスは、レスターの力が必要だと思った。
読んで下さってありがとうございました!
かなり、久しぶりの投稿です……^^; 私事で忙しく、ゆっくりと執筆する時間がありませんでした。大分、落ち着いてきたので、また更新出来ると思います。(ペースはゆっくりですが)
十二月には、「ギフト企画」に参加予定ですので、そちらの執筆に集中したいと思います。また、更新が遅くなりますがご了承下さい。限りなくマイペースで書いてます。