第三十一話 悩める心
ガタンッと突然部屋のドアが開き、グレイシャスとリオはビクッと身を縮め同時にドアに目を向けた。夕食前で、ほとんどの団員達は食堂へと向かっている。部屋には誰も戻って来ないだろうと思い、二人はこっそり手紙を読んでいた。
「レスター?」
グレイシャスは手に持っていた手紙を体の後ろに隠し、薄暗い部屋に入って来るレスターを見つめる。彼は、グレイシャスとリオがいることに気付かないかのように、俯いたまま歩いて来ると、スッと自分のベッドに腰を下ろした。いつもの元気はなく、うなだれたまま一点を見つめて瞳を伏せている。
「レスター、どうかしたのか?」
グレイシャスは、向かい側のベッドに座ったままピクリとも動かないレスターを心配して声をかける。
「……レスター?」
声が聞こえてないかのように反応のない彼に、グレイシャスはもう一度言う。
「あ……いえ、何でもないです」
レスターは、グレイシャスとリオが居ることに初めて気づいたように顔を上げて言った。
「もうすぐ夕食の時間だ。僕達も今から食堂に行こうと思っていたんだ。君も一緒に行かないかい?」
リオはサッとベッドから立ち上がる。グレイシャスも素早く手紙を引き出しの中に戻し、立ち上がった。
「私は良いです。何だか気分がすぐれないので……」
レスターは二人から目をそむけると、小声で言った。
「しかし──」
レスターを気遣うグレイシャスの肩をリオは軽く叩く。
「じゃ、先に行ってるよ。気が向いたらおいで」
リオはそう言うと、グレイシャスを促して部屋を出ていく。
「レスターはどうしたのだろう? 顔色も良くなかった」
廊下に出たグレイシャスは、心配気にドアに目を向けながら言った。
「彼、さっき団長室に呼び出されていた。アーガス副団長と長い時間話していたらしいよ」
「アーガスと? 何の話しだろう?」
「さぁ? けど、何だか落ち込んでいたね。しばらく、そっとしといてあげた方が良いよ。 グレイシャスは腑に落ちない顔をする。
「あのレスターが、説教されるとは思えない。何か事情があるはずだ」
「そうかもしれないね。それより、グレイシャス、僕達はここを脱走する手はずを整えなきゃ」
リオは辺りを気にしつつ、グレイシャスに小声で耳打ちする。
「そうだが」
「まずは、十分な腹ごしらえが必要だよ」
リオの心は早くもクランガン行きの旅に向いている。旅の目的は深刻なものだったが、リオはどことなく楽しそうだ。不安な気持ちはひとまず置いて、これから始まる長い旅に思いをはせているのだろう。
食事前の祈りの言葉が終わると、とたんに広い食堂内は喋り声とナイフやフォークが食器をカタカタこする音でざわつき始める。グレイシャスはリオと向かい合わせに座り、黙々と食事を口に運んでいた。ここで騎士団を脱走する話しをする訳にもいかない。彼女は頭の中でこれからの旅について思い描いていた。
「レスターも今回はついに窮地に追い込まれたようだな」
斜め後ろの席からオリビエの声が聞こえてくる。
「ギリアン、何とかしてやれよ。お前の幼なじみなんだから」
彼が、少し離れた場所にポツンと座っていたギリアンに目を向けると、まわりの少年達から笑い声が漏れた。ギリアンは俯いたままモグモグと口を動かしている。
「毎回、お前が援助してやっているんじゃないのか?」
「それとも、いい加減手に負えなくなったとか?」
「未だに貴族を名乗ること自体許せないだろ?」
少年達は面白そうに、次々とギリアンに質問を浴びせかける。
「違う」
小さな彼は、いつもより一層身を小さくして、弱々しく首を横に振った。
「レスターが断ったんだ。もう援助はいらないって……」
「ついに、莫大な借金が重なって返済出来なくなったのか」
「最初から騎士になるなんて無理だったんだよ。落ちぶれた貴族なんだから」
少年達の笑い声が大きくなり、グレイシャスは我慢ならず立ち上がった。
「静かにしてくれないか! くだらない話が聞こえてくると食事がまずくなる」
グレイシャスは後ろを向くと、オリビエをはじめとする少年達を睨んだ。
「レスターは私達の仲間だ。彼を侮辱することは同じ騎士として許さない」
「フン、だったら、お前が彼奴を救ってやれよ。騎士になれず、ここを追い出されそうなんだから」
オリビエは頬杖をつき、グレイシャスを睨み返した。
「……」
グレイシャスは言葉に詰まり、ギリアンを見下ろした。俯いた彼は体を震わせ、大粒の涙を流していた。