第三十話 新たなる決意
『──私には腑に落ちない事がある。父上の友人のイグネイシャ様がつい先日刺客に殺害された。剣の達人であるイグネイシャ様が、易々と名も知らぬ一人の男に刺されて命を落とされるとは思えない。しかもその男は、その場で取り押さえられ直ちに首を切られたという。物盗りの仕業だったと言うが、本当にその男がイグネイシャ様を刺したかどうかも疑わしい。私は、イグネイシャ様が何かの罠にはまり、命を落としたのではないかと思っている。彼は、何か重大な機密を知っていたために暗殺されたのではないだろうか? とにかく、近いうちに君に会い、話しがしたい』
手紙を持つグレイシャスの手が小刻みに震える。
「……どうする、グレイシャス?」
自分のベッドに腰掛けたリオは、上目遣いに彼女を見た。
やはり、他人の手紙を勝手に読むべきではなかったのだろうか? いったんは、引き出しの中に戻したジョシュア宛ての手紙だったが、あれから数日経ち、何気なくリオに手紙のことを話した。リオは興味を惹かれ、彼の手紙を読んでしまったが、その内容には思わぬ事が書かれていた。まさか、彼が父、イグネイシャと繋がっていたとは……。グレイシャスは大きな衝撃を受けた。こんなにも早く、父親の死の手がかりがつかめるとは、思ってもみなかった。
グレイシャスは首を横に振る。
「分からない……あまりにも突然で」
「君の目的は、イグネイシャ様の敵をとることだった。だけど、この手紙によると、イグネイシャ様を刺した男は、その場で処刑されたことになっている」
リオはフーと息を吐く。
「それが真実なら、僕達は一体どうしたらいいんだい? ここに来た意味も、君が騎士になる必要もなくなってしまう」
「……リオはそう思うのか?」
手紙を持ったまま俯いていたグレイシャスは、低い声で呟く。
「お父様を殺した相手が、ただの物盗りだったと。お父様がそんな男に容易く殺されてしまったと?」
彼女は顔を上げ、上目遣いにリオを見た。澄んだ青い瞳がキラリと光る。力強い眼差し。彼女はまた、何かを決心しようとしている。
「思わない」
リオは短く答え、両手を頭の後ろで組むと、そのまま仰向けにゴロンと横たわった。
「多分、その手紙の差出人が考えていることが正しいと思う」
高い天井を見つめてリオは言う。
「無関係の男がイグネイシャ様殺害の犯人にされたんだ。そして、その男は犯人の身代わりとなって殺された。イグネイシャ様の本当の刺客は他にいる。今もどこかで平気な顔して生きているはずだよ」
「私も同じ考えだ」
グレイシャスは一点を見つめ、口の端を歪める。
「きっと……この事件を知った者は、みんな何かおかしいと思っているはずだ。なのに、誰も真相をつきとめようとしなかった」
手紙を持つ彼女の手が、また小さく震える。今度は衝撃ではなく、怒りからくる震え。
「私はイグネイシャの娘。私もジョシュア達と共に真相を究明しなければ」
力強いグレイシャスの声。
「でも、グレイシャス──」
リオはサッと身を起こす。僕達はまだ騎士団に入団したばかり。剣の技術も知識も経験もまだ満たない。僕達はまだ騎士じゃない。
「これは、神様のお導き。否、お父様のお導きかもしれない」
リオが言おうとした言葉を遮るように、グレイシャスは続ける。
「一刻も早く、ジョシュアやウーリと連絡を取らなければ」
「危険過ぎるよ」
リオの目に不安が浮かぶ。
「相手はかなりの強者だと思う。それに、もしかしたら一人だけの仕業じゃないかもしれない。何と言っても、あのイグネイシャ様を暗殺したんだから……」
真っ直ぐに見つめるグレイシャスの美しい瞳。吸い込まれてしまいそうな、その瞳の輝きに、リオは言葉を詰まらせる。彼女にはかなわない。けれど、彼女なら不可能を可能にさえしてしまうかもしれない。
「分かったよ、グレイシア」
リオはグレイシャスから視線を外し、肩をすくめる。
「僕達は、入団早々、脱走者になることになるね」
「リオ、油断して私の名を間違えるな」
「了解、グレイシャス」
リオはクスリと笑う。
「危険は承知している。ヴェスタを出た時から、いつも危険とは隣り合わせだから」
もう少し長く騎士団の生活を続け、ここに慣れてくれば、少しは心休まる日もあったかもしれない。あるいは全てをブライドに打ち明け、協力してもらう事が出来ればグレイシャス達の苦労も減るかもしれない。
だが、グレイシャスは運命の導くまま、リオと共に新たな旅を続ける決心をした。行く先は、クランガン。そこで、きっと何かが待ち受けている。
もう少し騎士団での生活も書こうかと思っていましたが、ストーリーは急展開します…(^^;) 書く側としては、段々面白くなってきました。