第二話 白百合の咲く丘
「僕はまだ小さかったから、父さんのことはよく覚えてないです」
南を目指し馬の背に揺られながら、リオは少しずつ自分のことを話し始めた。
「闘いで死んだんだと母さんは言ってました……」
リオは目を伏せる。父が亡くなった後も戦争は続いた。母と二人闘いを逃れて、ようやくこの国までたどり着いた。リオ達親子以外にもたくさんの戦争難民達が、この国には流れ着いていた。収容所での暮らしは、決して楽ではなかったが、それでも母と二人ならリオは幸せだった。
「僕の母さんは──」
「リオ」
イグネイシャはリオの言葉を遮り、微かに微笑んだ。
「お前の新しい家族は、ヴェスタで帰りを待っている。明日の日暮れまでには、故郷に到着出来るはずだ」
「……はい」
母は、一月前病気で亡くなった。リオの看病のかいなく、あっけなく天に召されてしまった。
──僕は、母さんも子猫のマリアも守れなかった。
リオの心は痛んだ。家族のいなくなったリオ。しかし、神様はリオに新しい家族を与えてくれた。
「娘のグレイシアと仲良くしてやってくれ。娘と言ってもちっとも女の子らしくない子だがな」
娘のことを語ると、イグネイシャの頬は自然と弛んでくる。
「心の優しい良い娘だ」
「はい」
リオは顔を上げて返事を返す。知り合ったばかりの騎士、顔さえ知らない彼の妻と娘。だが、リオは確信出来た。彼らが真の家族のように、温かい人達であることを。
彼らはその日一日馬を進め南に向かった。そして、一晩宿に泊まり、翌日の早朝から再び南方の国ヴェスタ目指して進んで行った。
ヴェスタの街に近づくにつれ、日差しはやわらぎ温かくなってきた。辺りには緑豊かな草原が続き、澄み渡る青空を鳥たちが飛び交っている。時間さえゆっくりと進んでいるようなのどかな風景。
リオは身にまとっていた古いコートを脱ぐ。つい昨日まで寒さに震えていたのが嘘のようだった。
「ヴェスタまでもう少しだ。リオもきっとヴェスタの街が気に入るはずだ」
「はい。今まで住んだどの国よりも綺麗な所です」
平和な国。リオがずっと望んでいた穏やかで幸せな毎日が、この国に待っているような気がした。
更に南下し、リオ達一行は日暮れ前、イグネイシャの屋敷のある丘へ到着した。なだらかな緑の丘の上に建つイグネイシャの屋敷は、お城のように広くて立派だった。馬を下りたリオは、しばらく突っ立ったままその大きな屋敷を見上げていた。
「疲れただろう、リオ。屋敷に入って湯に浸かるといい」
「こちらにご案内致します」
主人の到着を知り屋敷から出てきた侍女が、リオに向かって頭を下げた。
「あ、えーと……僕、少しこの辺りを見てきて良いですか?」
頭を下げたままの侍女に戸惑いながら、リオは言った。
「構わんよ。ここはお前の家でもあるのだからな」
イグネイシャは笑う。
「日の暮れる前に戻って来れば良い。今夜はお前のために宴を開くことにしよう」
「あ、はい」
堅くなっているリオを残し、イグネイシャ達は屋敷へと向かって行った。リオはその後ろ姿を眺めながら、ホッと一息つく。イグネイシャは温かく優しい騎士だが、自分とはあまりにも身分が違いすぎる。一日にして生活の変わったリオは、戸惑ってばかりだった。
だが、ヴェスタの温かい季候と豊かな自然は、凍えていたリオの心を優しく包んでくれる。なだらかな丘からは、のどかな田園風景とここで暮らす人々の家が点在して見える。ヴェスタは小さな街だが、平和そのもので幸せに満ちているようだ。
リオは新鮮な空気を胸一杯に吸い込みながら、丘を登って行った。しばらく歩いて行くと、緑の丘一面に咲いている白百合の花が、リオの目に飛び込んできた。鮮やかな白い百合の花達が、微風に揺らいでいる。その美しい光景に、リオは目を奪われた。
──白百合の花は平和の証し。天使たちがそこにいることを告げているのよ。
前に母が言っていた言葉をリオは思い出す。優しく美しかった母……。
リオが白百合に見とれていると、突然、ガサガサッと草むらが揺れた。
「あっ……!」
白い百合の花が揺れ、花々の間に金色の長い髪がなびくのが見えた。
「天使!?」
驚くリオの目の前に、一人の美しい少女が姿を現した。長い金髪を一つに束ね、利発そうな青い瞳を真っ直ぐにリオに向けている。
「私は天使じゃないよ」
彼女は口元に薄く笑みを浮かべる。見覚えのある上品で優しい笑みだ。彼女は父親によく似ている。
「グレイシア?」
リオの顔は次第にほころんでくる。
──僕の天使を見つけた!
いきなり名前を呼ばれ、きょとんとしているグレイシアを見つめながら、リオの心は喜びに満ちていった。
二話目更新です! 段々書くのが楽しくなってきました〜
PNに「天使」とつけてしまったばかりに^^;、なんとなく「天使」のことは避けていたんですが、今回は使わせていただきました。「天使」大好きです。(^^)
バスで通りがかった場所に、自然の白百合がたくさん咲いていたんです。「白い花」のイメージは頭の中にあったんですが、何の花にしようか悩んでいたところ、偶然にも見つけることが出来ました。
きっと、守護天使が教えてくれたんだ! と思いました。