第二十七話 故郷への思い
「……グレイシャス」
母宛の手紙を書くことに熱中していたグレイシャスは、直ぐ側で名前を呼ばれていることに気付かなかった。
「あの、グレイシャス」
「ん……?」
グレイシャスはようやく顔を上げ、そこにレスターが立っていることに気付く。
「邪魔をしてすみません」
レスターは申し訳なさそうに言うと、ペンを握るグレイシャスの手元を見た。
「手紙を書くのに夢中になっていた。お母様宛の手紙など、今まで滅多に書かなかったけれど、書き始めると次々に言葉が浮かんでくるよ。故郷を離れて間もないのに、なんだかとても懐かしくて」
ヴェスタのことを思い出し、グレイシャスの顔は思わずほころぶ。
「グレイシャスは、故郷やご家族のことを愛しているのですね」
レスターは微笑む。
「私も同じです。毎日故郷のことばかりを考えています。だから、グレイシャスがお父様やお母様のことを思う気持ちも良く分かります」
「レスター、私のお父様は……」
イグネイシャが殺されたことを打ち明けようとして、グレイシャスは思いとどまる。自分の名前と性別を変えてここに来たばかりだ。故郷のことも家族のことも、まだ伏せておいた方が良い。遠い国に住むレスターは、ヴェスタのことは知らないようだが、自分がイグネイシャの娘だと知られては困る。
「グレイシャスはお父様にとても愛されているのですね。お父様は貴方のことが心配で夢に出てこられたのでしょう」
口ごもったグレイシャスに、レスターは言った。グレイシャスは今朝イグネイシャの夢を見た。亡くなったイグネイシャが娘のことを心配しているのかもしれないが、同じようにグレイシャスも父親のことを気にかけている。父の死の真相を早くつきとめたいが、今はまだどうすることも出来はしない。
「あぁ」
グレイシャスは短く返事をして、書き終えた便箋を一枚破り取った。
「グレイシャス、あの……」
台に置かれた便箋を、レスターはじっと見つめる。
「どうした?」
「もし宜しければ、その便箋を数枚私にいただけないでしょうか……?」
レスターは言いにくそうにそう言うと、目を伏せる。
「便箋を? 構わないよ」
グレイシャスは便箋を差し出す。
「好きなだけ使って良い」
「ありがとう。これでやっと手紙の返事が書けます」
レスターは嬉しそうに微笑むと便箋を受け取る。
「君も故郷へ手紙を?」
「あ、はい。私の手紙をいつも待っている人がいるんです」
「あ、レスター……」
引き出しに便箋をしまおうとして、グレイシャスはレスターを呼びとめる。
「このベッドは、以前ジョシュア・ディアスという団員が使っていたのか?」
「えぇ、つい昨日まで、彼はそこで寝ていました」
レスターは軽くため息をつく。
「けれど、彼は真夜中に部屋を抜け出し、突然姿を消してしまいました」
「彼はどんな少年だった? 出身地は? 出ていく前何か言ってなかったか?」
「ジョシュアはここに来てまだ数ヶ月で、私はあまり彼のことは知りません。彼も自分のことはあまり話さなかったし……」
身を乗り出してジョシュアのことを聞くグレイシャスを見て、レスターは戸惑いがちに答える。
「そうか……」
グレイシャスはジョシュア宛ての手紙のことが気になっていた。クランガンからの手紙。その地名がイグネイシャとの思い出に繋がり、何故か心を惹きつけられる。
「彼は、私達より少し年上で、外見も内面も大人びた少年でした。彼なら一人で旅することも出来るでしょう。急にいなくなってしまったのは残念ですが……ジョシュアのことが気になりますか?」
レスターは口元を弛める。
「いや、ちょっと聞いてみただけだ」
「彼のことならエリアスの方が詳しいです。よく二人で話しをしていましたから」
「そうか」
グレイシャスは何気ない風を装いながら、便箋を引き出しの中にしまった。引き出しの奥には、ジョシュアが残していった手紙がある。ジョシュアはクランガンに行ったのではないか? グレイシャスはそんな気がした。
読んでくださってありがとうございます!
久しぶりの更新です。もう少し早く更新したかったんですが、風邪をひいたり仕事が忙しかったりで、心身とも疲れていました……(-_-;)体調は快復してきたので、これからはまた頑張れそうです。が、企画物に参加予定でして、二つの作品の同時進行というのは私には出来そうもありません。
毎回読んで下さっている方には申し訳ないですが、しばらく更新はお休みします。m(_ _)m