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第二十六話 手紙

 西の空に陽が傾き始めた。

 屋外での剣術の稽古を終えたグレイシャスは、一足先に屋敷に戻って来た。汗で濡れた服を着替えたかったし、早く一人きりになりたかった。今日もグレイシャスは団員達から英雄扱いされ、どこに行っても彼らに取り囲まれ話し掛けられた。

 午前中の学問の授業も午後からの剣術の授業も、グレイシャスには興味深く熱中出来たが、絶えず皆から注目を浴び続けていては、心が休まらない。本当は、女であることがばれないよう、なるべく目立ちたくはなかった。

 ようやく一人きりになったグレイシャスは、ホッとして重い騎士団の屋敷の扉を開けた。



 広い廊下を通り、昨日レスターと剣術の稽古をした中庭にさしかかった時、グレイシャスの耳に美しい歌声が聴こえてきた。透き通るような清らかな声に、グレイシャスは思わず足を止めて聴き入っていた。

「ギリアン……」

 中庭に目を向けると、小柄なギリアンが胸を張り気持ちよさそうに歌っていた。

「聴いたことのない歌だ。綺麗な歌だな」

 彼はグレイシャスに気付くと、口を閉じて歌うのを止めた。ギリアンは午後からの剣術の授業に出ていなかった。ギリアンだけではなく、エリアスやオリビエも、午前中の授業の途中でいつの間にか姿を消していた。

「エリアス達が作った曲だよ……」

 ギリアンは小声で呟くように言った。グレイシャスは軽くため息をついて、ギリアンを睨む。

「素晴らしい歌、素晴らしい歌声だ。けれど、剣術の稽古をサボるのは良くない。騎士にとっては、歌よりも剣術の方が大切だ」

 ギリアンはグレイシャスから視線を外し、目を伏せる。

「僕はいくら稽古したって剣術が上手くならない。騎士になんてなりたくないんだ」

「エリアスといいオリビエといい、全く同室の団員達は不真面目な団員ばかりだ」

「アーガスがわざと同部屋にしたんだよ。問題のある団員達だけを集めて。その方が目が届きやすいと思ったんだ」

 ギリアンは肩をすくめ、上目遣いにグレイシャスを見た。

「君達が来る前にジョシュアはいなくなるし……その前にも脱走した団員がいた。本当は僕もジョシュアと一緒に脱走したかったな。ジョシュアにとっては迷惑だったかもしれないけど」

「何を言ってる。昨日、レスターにも言われていたじゃないか、君達はここで三年間修行して騎士になるのだろう? 脱走を考えるなんて馬鹿げている」

 グレイシャスは深く息を吐いた。

「騎士になりたくてもなれない者もいるというのに……」

 グレイシャスは呟くように言う。自分が苦労して入団したことを思うと、ギリアン達の行動が歯がゆかった。

「レスターは問題のある団員達と一緒で、苦労が絶えないだろうな」

「レスターは真面目だけど、彼にだって問題はあるんだよ」

「え……?」

「何でもない……」

 ギリアンは口ごもり、中庭を出てグレイシャスの脇をすり抜けて行った。

──自分たちがどれだけ恵まれているか、彼らはちっとも分かっていない。少なくとも、彼らには騎士になるという選択枝が与えられているのだから。私はいくら願っても、騎士にはなれない……。

 去って行くギリアンの背中を見つめながら、グレイシャスは思った。




 部屋に戻り、身体を拭いて服を着替えたグレイシャスは、ゆっくりとベッドに腰を下ろした。

──お母様、今頃どうされているだろう……。

 故郷を出る時、母に置き手紙を残して来たが、行き先までは知らせていなかった。夫を亡くし娘までいなくなったメリーネは、酷く悲しんでいるに違いない。本当は、傷心しきっている母を支えてあげなくてはならなかった。

──私は親不孝者だ。勝手にリオと家を出てきたりして……私こそ、問題児なのかもしれないな。

 グレイシャスは自嘲気味に微笑んだ。母に手紙を書き、自分とリオの無事を知らせようと、グレイシャスは思った。だが、まだ居場所は知らせないつもりだ。『勇隼騎士団』にいることが分かれば、メリーネは飛んで迎えに来るだろう。もしかしたらブライドに連絡をするかもしれない。

 グレイシャスは床頭台の引き出しを開け、便箋とペンを取りだした。そして、引き出しをしまおうとした時、ガサッと何かが動く音がした。何気なく手で引き出しの奥を探ったグレイシャスは、そこに一通の手紙があることに気付いた。

「……?」

 封筒には『勇隼騎士団』の住所と名前が書かれている。

「ジョシュア・ディアス……」

 昨日からよく耳にする名だった。騎士団を脱走した少年。ついさっきも、ギリアンが話していた少年の名前だ。宛先の名を見ると、ウーリ・エクトールと書かれていた。住所はクランガンとなっていた。

「クランガン……」

 その地名に、グレイシャスは聞き覚えがあり、懐かしさを感じた。確か、幼い頃、イグネイシャと旅した記憶がある。幼すぎてあまり詳しくは覚えていないが、海を渡り旅した思い出があった。

 手紙の封は切られていた。ジョシュアという少年がここを去る時、置き忘れていた手紙に違いない。グレイシャスはその手紙に興味を惹かれ、読んでみたい衝動にかられる。だが、人の手紙だ、こっそり読んでしまうのは気が引けた。

 しばらく封筒を眺めていたグレイシャスは、一息つくと、またその手紙を引き出しのなかにしまった。











登場人物が多くて読んでいる方は混乱されるかもしれませんね…書いてる方もしばらく時間があくと名前の確認をしたりしています。^^;

新しく登場するたびに人物の説明も書いて、出来るだけ分かりやすいように書きたいと思ってます。

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