第二十五話 イグネイシャの夢
──グレイシア、誕生日の贈り物は気に入ったかね?
懐かしい父の笑顔が、グレイシャスの直ぐ目の前にある。
『お父様……?』
まどろみの中、グレイシャスは亡き父イグネイシャの夢を見ていた。
──お前はどうして騎士の格好をしている? 髪をこんなに短く切ってしまって。
イグネイシャの笑顔が消えて、戸惑いの表情に変わった。
──そんなに短い髪では、せっかくの髪飾りがつけられないではないか。
イグネイシャは白百合の髪飾りを手にしていた。グレイシアの誕生日に買っていた、彼からの贈り物。だが、イグネイシャは髪飾りをつけた娘の姿を見ることなく、息を引き取ってしまった。
娘の髪に髪飾りをつけようと手を伸ばしたイグネイシャは、悲しげな顔をしている。
『お父様、私はお父様の敵を討とうと……』
手を伸ばせば、直ぐそこにイグネイシャがいる。イグネイシャが亡くなってから、初めて見た父の夢だった。だが、グレイシャスがいくら手を伸ばしても、イグネイシャの手には届かない。父親の胸の中に必死で飛び込んで行こうとしても、父との距離は縮まらない。
『お父様、教えて下さい。一体誰があなたを刺したのですか? 誰に殺されたのですか?』
グレイシャスの瞳にいつの間にか涙が浮かび、頬をつたって涙がこぼれ落ちていた。
『お父様……』
イグネイシャの姿は次第に薄くなり、淡いもやの中に消えようとする。
『お父様、待って。お父様!』
次の瞬間、グレイシャスは目を覚まし、ベッドの上に飛び起きていた。
「お父様」
グレイシャスは、キョロキョロと辺りを見渡す。しばらく自分のいる場所さえ分からなかった。
「グレイシャス、もう目を覚ましたのですか?」
まだ薄暗い部屋の中に、ぼんやりと人影が浮かんで見える。
「……?」
見上げた先に、レスターが立っていた。彼は戸惑い気味にグレイシャスを見下ろしていた。グレイシャスは、自分の頬が涙で濡れていることに気付き、慌てて涙を手で拭った。「私は、何か言っていたか……?」
「あ……確かお父様と」
言いにくそうに、レスターが答えると、グレイシャスは肩をすくめ、息を吐いた。
「それで、起こしてしまったんだね」
グレイシャスは、向かい側のレスターのベッドに目をやる。
「いえ、私はその前に起きていました。いつもこの時間には起きるんです」
レスターは微笑む。二人以外の四人は、まだベッドの中で寝息を立てていた。
「皆が起きる前に剣術の稽古をしています。あなたも一緒に稽古をしませんか?」
「いや……私はもうしばらく休む」
グレイシャスは、レスターが目の前で服を着替え始めるのを見て、掛け布団を頭から被ると横になった。
「家が恋しくなったんですね。私も最初の頃はそうでした。故郷の夢ばかりを見て。グレイシャス気にすることはありませんよ、団員のほとんどはホームシックになるんですから」
レスターが楽しそうに話すのを聞きながら、グレイシャスは目を瞑り、もう一度浅い眠りの中へと落ちて行った。
次にグレイシャスが目覚めた時、辺りは明るくなりざわめいていた。
「オイ、新入り。いつまで寝ているつもりだ」
足音が近づき、グレイシャスが薄目を開けると、オリビエの姿が見えた。彼はグレイシャスのベッドまで来ると、彼女の掛け布団に手をかける。
「あっ、グレイシャスはいつも目覚めが悪いんだよ。時間までには僕がちゃんと起こすから」
慌ててリオはオリビエを制する。
「フン、世話の係る奴だな」
オリビエは吐き捨てるようにそう言うと、かけ布団から手を放した。
布団の中から、グレイシャスがリオを見上げていた。リオは彼女の視線に気付くと、じっとしているよう、目で合図した。
「起きるのに時間がかかるのが、彼の欠点なんだ」
リオはオリビエを見ながら軽く微笑む。
「寝坊をする騎士とは大きな欠点だな。闘いの時に起きられなくてはどうするんだ」
「まぁまぁ、彼は昨日の決闘で疲れているんだよ大目に見てあげなよ」
エリアスは言う。
「どんなに優秀な騎士でも、欠点の一つくらいあるさ」
布団の中から薄めで辺りの様子を伺っていたグレイシャスは、オリビエとエリアスが服を脱ぎ始めるのを見て、慌てて固く目を瞑った。
「グレイシャス、もう起きて良いよ。みんな着替えて出ていった」
しばらくして、リオは掛け布団を被って寝たふりをしているグレイシャスに声をかけた。
「リオも着替えたのか?」
「もちろん」
グレイシャスは布団をはねのけ、起きあがる。
「不便だな。もっと早く起きていれば良かった」
「ここでは寝起きが悪い振りをしていた方が良いね。僕がフォローをしてあげるよ」
リオはフッと笑う。
「君が皆の裸を見たいのなら、一緒に起きても構わないけど」
「リオ、早く出ていってくれ。私も着替えて食事をとりたい」
グレイシャスはムッとして、リオを睨む。リオが笑いながら部屋を出ていくと、グレイシャスはようやくホッとしてベッドから立ち上がった。いつもなら、誰よりも早く目覚めて起きているはずだ。
「レスターと朝の稽古に行っておけば良かった……」
自分が女であることの不便さを初めて感じ、グレイシャスは軽くため息をついた。