第二十三話 疑惑の勝利
オリビエとエリアスが闘技場にたどり着いた時、まさにグレイシャスがローランに棍棒を振りかざした時だった。
グレイシャスは大きな掛け声と共に、全身の力を込めて棍棒を振り下ろす。疲れ切ったグレイシャスは、既に体力的に限界を超えていた。これが最後のチャンスだ。ローランの棍棒を叩き落とすことが出来たら……。だが、グレイシャスが願いを込めて振り下ろした棍棒は、いとも容易くローランに受けとめられ、軽くはじき返された。グレイシャスはよろめきながら、どうにか体勢を整える。彼女に、もう力は残っていない。
──ダメだ……これでは。
日の沈みかけた夕暮れの闘技場。その高い窓から、太陽が最後の光りを放つ。もう一度、グレイシャスは棍棒を振りかざす。もはや彼女に力は残っていない。気力で棍棒を振り上げるのがやっとだった。
と、その時、窓から伸びた日の光りが、ちょうどローランの顔を差した。眩しさに、ローランは一瞬目を細める。
ほんの僅か、ローランが気を抜いた時、グレイシャスは最後の力を振り絞り、身体ごと彼に棍棒を振り下ろした。
カーンッ!
次の瞬間、大きな音を立てて、ローランの棍棒が闘技場の床を転がっていく。グレイシャスは倒れそうになる身体をどうにか持ち堪え、ローランに向かって棍棒を突きつけた。
勝負はついた。闘技場に落胆の声が響くが、次の瞬間にはその声が拍手歓声へと変わっていく。
荒い息を吐きながら、グレイシャスは事態が飲み込めず突っ立っていた。
「俺の負けだ」
ローランは口元を弛めると、グレイシャスが突きつけていた棍棒に手をかける。
「お前の望通り、お前とリオを『勇隼騎士団』の団員として認めよう」
「……」
滝のような汗を額から流しながら、グレイシャスは黙ってローランを見つめる。
「たいした奴だ……しかし、団員に負けてしまうとはなぁ。俺ももっと修行をしなければならん」
ローランは声を立てて笑い、グレイシャスの肩を軽くたたいた。グレイシャスは唖然とした表情で、去って行くローランの背中を目で追った。
「グレイシャス!」
リオが興奮しながら、彼女の元に走って来る。
「やったね! おめでとう!」
満面に笑みを浮かべて喜ぶリオを、グレイシャスは冷めた目で見つめた。
「勝ったのは偶然だ……ちょうどローランの顔に光りがあたって」
「偶然でも勝ちは勝ちだよ。勝負には運もつきものさ」
「だが、ローランには勝つチャンスが何度もあったはずだ。まるで、負ける機会を待っていたみたいだった……」
グレイシャスは不審な眼差しでリオを見つめる。
「そんな事ないさ。君の実力だよ」
「……」
リオはグレイシャスに笑顔を向けるが、彼女は納得のいかない表情をしている。何か言いたげなグレイシャスだが、直ぐに騎士団の団員達が彼女のまわりに集まってきた。みんな、この新しい団員を尊敬の眼差しで見つめ、褒め称えている。ローランに決闘で勝った彼女は、今や団員達のヒーローだ。
「彼はやるね」
グレイシャスを囲む団員達の輪を眺めつつ、リオの元にエリアスとオリビエがやってくる。エリアスは帽子の中の掛け金を手に入れ、満足そうに笑っている。対照的にオリビエは、賭けに負けた上に人気者の座をまたもグレイシャスに奪われ不満そうだ。
「君が言うとおり、グレイシャスに賭けて良かったよ。本当のところ僕も彼が勝つとは思わなかった」
エリアスはリオに帽子を差し出す。
「このお金は君と僕の物だけど、今回は全て君にあげるよ。素晴らしい試合だったし、彼へのお祝いだ」
「ありがとう……」
リオはためらいがちに帽子を受け取る。
「フン、馬鹿馬鹿しい。どうせ裏があるんだろう。どんな手を使って勝ったんだ?」
オリビエは口を曲げて笑うと、リオを横目で見た。
「あのローランがあんなか細い奴に負けるはずがない。ローランにどんな施し物を与えたんだ?」
「何も……」
リオは目を伏せる。
「グレイシャスには実力があるし、運が良いんだ」
日の暮れた闘技場には、いつまでも団員達の歓声が鳴り響いた。
ようやくグレイシャスとリオは、勇隼騎士団に入団出来ました! どうやって入団させるか、実はかなり悩みました。最初は軽く考えていたんですが…^^; これからは、楽しく書いていけそうです。