第二十二話 夕暮れのデュエロ
赤く染まった西の空を、鳥の群がゆっくりと飛んでいく。太陽は西の彼方に沈みかけ、もうじき夜の闇が辺りを覆い始める。
愛馬を馬小屋に繋いだオリビエは、真っ白なマントを翻しながら、騎士団の建物へと入って行った。今日も一日騎士団を離れ、キルテアの街を遊び歩いた。街の若い娘達は、彼が来るのを楽しみに待っている。彼にとってはそれが日課であり、咎める者は誰もいなかった。だが、今日はいつもとは違う。
「グレイシャス・フィリス……」
オリビエは軽く舌打ちし、いまいましそうにその名を呟く。広場でグレイシャスに出会ってから、彼の気分はむしゃくしゃしていた。
「彼奴も今日からここの団員か」
これから毎日グレイシャスと顔を合わせるかと思うと、余計に気分が悪くなってくる。オリビエはグレイシャスのことを考えながら、広い廊下を歩いて行く。もうじき夕飯の時間になり、団員達は自由時間のはずだ。いつもなら団員達が館中に溢れ、騒がしくなっている。だが、今日は広い廊下に誰一人としていない。館は水を打ったように静まりかえっていた。
不思議に思いながら、オリビエが自分の部屋に戻ろうと廊下の角を曲がった時、急いで走って来るエリアスに出くわした。
「あぁ! オリビエ! やっと帰って来たかい」
エリアスは息を弾ませながら、彼に笑顔を向けた。
「何事だ? みんなはどこへ行った?」
「決闘だよ! 君も今すぐ闘技場に行った方が良い。騎士団始まって以来の、見応えある決闘が行われているんだ」
「決闘……? 一体誰と誰の?」
「ローランとグレイシャスさ」
「グレイシャス……!」
オリビエはポカンと口を開けたまま、エリアスを見つめ返す。彼にとって、今は一番耳にしたくない名前だった。
「そう、君もさっき広場で彼に会っただろ。あのグレイシャスさ」
「……何故、彼奴がローランと決闘なんか?」
「この騎士団に入団するためさ。彼らは正式な紹介状を持って来なかったらしい」
「けど、わざわざ決闘などしなくても……」
「そうだよな。僕も彼らに言ったんだけどね。ローランに話しをつければ簡単に入団出来ると」
エリアスは口を曲げて含み笑いする。
「グレイシャスは不正を許せない質らしい。と、言うより、僕にしてみれば、単に融通の利かない石頭にしか見えないけれど」
「フン、馬鹿な奴だ。だいたいローランにかなうわけはないじゃないか」
「あ、君もそう思うかい? 勝つのはローランだと」
吐き捨てるように言うオリビエに、エリアスは身を乗り出して尋ねる。
「当たり前だ」
「と言うことは、君もローランに賭けるんだね」
エリアスは意味ありげにオリビエを見つめて微笑むと、逆さに持った羽根飾りのついた帽子を彼に差し出す。その中には既にたくさんのコインが入っていた。
「掛け金はいくらでも」
「馬鹿馬鹿しい賭けだ。だいたいグレイシャスに賭ける奴などいるのか?」
オリビエは帽子の中に銀貨一枚放り込んだ。
「僕とリオはグレイシャスに。あぁ、レスターもグレイシャスが勝つと言ってたな。ま、彼は賭け事はしないけどね」
エリアスは大事そうに帽子を抱え、ニコリと微笑んだ。
「さ、早く行こう。決闘はもう始まっているよ」
広い闘技場に大勢の騎士団の団員達が集まっている。みんな固唾を呑みながら、新入りの少年騎士とローランのまわりを取り囲み、二人の試合を見守っていた。華奢で小さなグレイシャスと大柄で逞しいローラン。力ではどう見ても、グレイシャスに勝ち目はない。
激しくぶつかり合う棍棒の音が、静まりかえった闘技場内に響き渡る。二人はさっきから何度も何度も棍棒を打ち合わせているが、グレイシャスは防戦一方だった。ローランが振り下ろす棍棒を受けとめるのが精一杯だ。彼女は肩で息をしながら、歯を食いしばってローランの棍棒を交わす。今にも棒が折れてしまいそうだった。
──負けるわけにはいかない……絶対。絶対勝たなければ!
グレイシャスは身をかわし、辛うじてローランの棍棒から逃れた。
──お父様のためにも……。
グレイシャスは体勢を整えて、ローランと向き合う。
──私は、勝つ!
真っ直ぐにローランを見据え、グレイシャスは力の限り棍棒を振り下ろした。
ようやく決闘まできました!
お話はまだまだ続きます…。