第二十一話 決闘直前
カンカンカンカンッ! 中庭で二つの棍棒が激しくぶつかり合う。
グレイシャスとレスターは、時を忘れ夢中になって剣術の稽古を続けていた。ギリアンは側に腰を下ろし、その様子を退屈そうに見ていた。
かけ声と共に、グレイシャスは力強く棍棒を振り下ろす。レスターはグレイシャスの棍棒をどうにか受けとめるが、力に押されて自分の棍棒を手放した。コトンッと音を立て、レスターの棍棒は地面に落ちる。
「さすがですね……ローランさんに決闘を申し込むだけのことはあります」
レスターは肩で息をしながら、地面に落ちた棍棒を拾う。
「私は何度挑戦しても、グレイシャスにはかないません」
レスターは額の汗を拭い、グレイシャスに笑顔を向ける。
「君の腕前もたいしたものだ。毎日よく稽古をしていることが伝わってくる」
グレイシャスは口元を弛めた。『勇隼騎士団』の団員で、今日初めてまともな団員に出会ったような気がする。グレイシャスが思い描いていた団員のイメージは、まさにレスターのような少年騎士だった。
「君に出会えて良かった」
「私もです」
グレイシャスとレスターは軽く握手を交わす。
「ローランさんとの決闘に勝って、グレイシャスも団員になると良いですね。最近、騎士団を辞める団員が多くなって、新しい団員が入団していないんです」
そう言って肩をすくめるレスターを、ギリアンは上目遣いに見上げる。
「ジョシュアのように勇気があれば、僕もここを逃げ出したかった……」
彼は軽くため息をついて呟いた。
「何を言っているんだ。私達は、騎士団に入団して一人前の騎士になると誓って来たんじゃないか」
「良いよもう、騎士なんか」
「……ギリアンと私は同じ国の出身なんです」
投げやりに言うギリアンに目を向けながら、レスターはグレイシャスに言った。
「ウィンスタンという、ここよりずっと北の国で、一年の半分近くは寒い冬が続きます。けれど、とても自然が豊かで、森と湖に恵まれた美しい所です。私とギリアンは二年前、国を出てここに入団しました」
「故郷へは、二年間帰っていないのか?」
「はい、ここでの三年間の修行が終わるまでは帰らないつもりです」
レスターはキッパリと言う。
「あぁ、それで……」
グレイシャスは、ふてくされた顔をして座り込んでいるギリアンを見下ろした。
「君の友達は不満なんだな」
グレイシャスはクスリと笑う。
「レスターだって本当は、早く帰りたいはずだよ」
ギリアンは口を尖らせて言い返す。
「それはもちろん、私だって……」
レスターは目を伏せる。
「ウィンスタンには、大切な人がいるから。けれど、故郷を出る時誓ったはずだ。三年間は騎士団で修行して、故郷には帰らないと。後、一年の辛抱だよ」
「騎士か……君なら立派な騎士になれるよ」
グレイシャスはレスターに言った。皆、将来騎士になるために騎士団に入団している……。だが、グレイシャスは一時的に騎士団に入団するだけだ。剣の腕を磨き、父の敵を討つため。その望みが叶えられたとして、その後のことは何も考えていない。
ヴェスタに戻っても、女のグレイシャスは騎士にはなれない。靄のかかったようなはっきりしない未来のことを考えると、グレイシャスはふと不安になる。
「グレイシャス! グレイシャス!」
その時、日の傾きかけた中庭に、聞き覚えのある声が響いてきた。
「グレイシャス、こんな所にいたのか」
リオがグレイシャス達の元に、足早に歩いてきた。彼は、中庭に佇むグレイシャス達に目を向ける。
「決闘の時間まで、彼に稽古をつけてもらっていた」
グレイシャスはレスターを一瞥する。
「そうか……ローランさんから伝言を受け取った」
リオは一呼吸おくと、真っ直ぐにグレイシャスを見る。
「準備が出来次第、闘技場に来るようにと。君が来れば、いつでも決闘を始めるそうだ」
「……分かった」
緊張感が一気に押し寄せ、グレイシャスは一つ深呼吸して続ける。
「今すぐ行く」
「闘技場まで、私が案内します」
レスターは緊張気味のグレイシャスから棍棒を預かり、彼女の前に立った。
「さっきのような気迫のある剣さばきをすれば、必ずローランさんに勝てますよ」
レスターは笑みを浮かべ、小声でグレイシャスに囁く。
「あぁ」
グレイシャスは軽く頷いた。遠い未来のことを考えるより、今は目の前に迫る大きな壁を乗り越えることに意識を集中しなければならない。今は騎士団に入団するため、なんとしてでもローランとの決闘に勝たねばならない。騎士団に入団しなくては、何も始まらないと、グレイシャスは思った。
彼女は気持ちを引き締めると、先を行くレスターの後に続いた。
「……」
リオはグレイシャスに言おうとした言葉を飲み込み、黙って彼女の後ろ姿を見送った。