第二十話 二人の少年騎士
「グレイシャス! 馬鹿げてるよ。せっかくここまで来たのに」
足早に先を歩くグレイシャスの後ろから、リオは声をかける。
「馬鹿げてなんかない。私は正々堂々と騎士団に入団したいだけだ」
「ローランさんは本物の騎士なんだ。決闘で君が勝つわけないよ」
「そんなこと、やってみなければ分からない」
グレイシャスは立ち止まり、後ろを振り返って言った。
「……いくらなんでも無茶だ」
リオはグレイシャスの側に近づく。
「ローランさんは、ほどこし物があれば入団させてくれると言った。決闘なんかせず、ローランさんの言うことに従った方が無難だよ」
リオのその言葉に、グレイシャスはキッと目を光らせリオを睨んだ。
「リオは賄賂を支払って入団しても良いって言うのか!?」
「……そんなこと、出来ればしたくないけれど。入団するためなら、仕方ないよ」
「お前を見損なった! 騎士はいつだって自分に正直でなければならない。リオは本物の騎士になんかなれないな!」
グレイシャスは声を荒げてそう言い放つと、肩をいからせツカツカと先を歩いて行った。
「……」
真っ直ぐで曲がったことが嫌いなグレイシャスのこと。一度言い出せば、考えを変えることはないだろう。リオは深くため息をつくと、彼女の後ろ姿を見送った。
「でも、このままじゃ……」
グレイシャスは、広い廊下を足早に歩いて行く。
リオに言われなくとも、グレイシャスもローランとの勝負に勝てるとは思っていない。本物の騎士を相手にして、まだ未熟者の彼女が勝てるはずもなかった。だが、今更後には引けなかった。賄賂を払って入団するなど、グレイシャスのプライドが許せない。
「決闘に負けたら……」
グレイシャスは立ち止まり、フーッと息を吐く。
固い決心をして屋敷を飛び出して来たのに、誓いを果たせず、このまま戻らなければならない。それでは、何のためにここまで来たのか分からない。
「お父様……」
グレイシャスは目を伏せ、腰に差しているイグネイシャの形見の剣に触れる。
「どうすれば……」
考え込んでいるグレイシャスの耳に、コンコンという歯切れの良い音が響いてきた。彼女が顔を上げると、少し行った先の中庭で、誰かが剣の稽古をしていた。
そこでは、騎士団の団員らしき二人の少年が、棍棒を打ち合わせていた。
「もっと強く! もっと早く!」
コンコンコンッという威勢のいい音が続いた後、少年の悲鳴が聞こえる。
「棍棒を落としてはダメだ!」
「無理だよ。そんなに早く打ち返せない」
棍棒を叩き落とされた一人の少年は、泣きそうな顔をしている。
「ギリアン、もっと練習を続けないと、剣術は上手くならないよ」
「上手くならなくたって良い。剣術なんてどうでも良いんだ。僕は騎士になんかなりたくない」
ギリアンと呼ばれた少年は、中庭からグレイシャスのいる廊下へと歩いて来る。
「ギリアン!」
もう一人の少年は落ちた棍棒を拾い、後から追いかけてきた。
「お前達はここの団員なのか?」
グレイシャスは、目の前に現れた二人の少年に目を向ける。
泣きべそをかき、逃げてきたギリアンという小柄な少年は、警戒しながら上目遣いにグレイシャスを見上げた。栗色の巻き毛に栗色の大きな瞳をした彼は、とても幼く見える。
「ええ、私達は『勇隼騎士団』の団員です」
後から来た少年がギリアンの代わりに答える。
「私は、レスター・アンヴィル。彼はギリアン・ハートンと言います」
レスターと名乗った少年は、ハキハキと答え、軽く頭を下げた。短めの金茶色の髪をきちんととかしつけた彼は、賢そうな緑色の瞳で真っ直ぐにグレイシャスに目を向ける。
「あなたは、新しい団員ですか?」
「あぁ……ここに入団しに来た。名前は、グレイシャス・フィリス」
グレイシャスはそう言って目を伏せた。
「だけど、まだ入団は決まっていない。入団は、ローランという騎士との決闘に勝てば決まるんだ」
「えっ? ローランさんと決闘!?」
レスターは目を丸くして、グレイシャスを見つめ返す。
「ローランさんの剣の腕前はかなりなものです。ここの団員で彼に勝った者など未だかつていませんよ」
「けど、私はどうしても彼に勝たなければならない。勝たなければ、入団出来ない……」
グレイシャスは、レスターが手にしている棍棒に目をやる。
「決闘までにはまだ時間がある。私に剣の稽古をつけてくれないか?」
「えぇ、私で良ければ……」
レスターは戸惑いながらも、グレイシャスに棍棒を手渡した。
これで、騎士団の主な登場人物が出そろいました!
まだ後数人登場しますが、もう少し先になると思います。