第十九話 決闘の申し出
木々の茂った道を抜けると、急に視界が開け、目の前に煉瓦造りの重々しい建物が現れた。赤茶色の煉瓦の壁には、びっしりと蔦が絡まっている。グレイシャス達は、開け放たれた鉄の門をくぐり建物へと向かった。
「エリアス、何をしている。午後の授業はまだ終わっていないぞ」
門をくぐったところで、大きな声が聞こえ、グレイシャスは馬を止める。門の近くで一人の青年が、グレイシャス達の方を眺めていた。
「客人か? 見事な白馬だな」
彼は笑顔を浮かべながら、グレイシャスの元に歩いて来る。
「ちょうど良かった。ローラン、彼らはあんたに話しがあるらしい」
エリアスは、グレイシャスの後ろから青年に声をかける。
「俺に話?」
ローランという体格の良い青年騎士は、馬に乗ったグレイシャスとリオを交互に見つめる。
「入団希望者だよ」
エリアスはマントを翻しながら、馬からピョンと飛び降りて、ローランと向き合った。
「それで、ジョシュアは見つかったかい?」
「いや、彼奴は上手く逃げたようだ。今頃は船の中でくつろいでいるのかもな」
「そうか。ま、彼なら一人でも上手くやっていけるだろうね。彼がいないと寂しくなるけど」
馬から下りたグレイシャスとリオに、エリアスは言った。
「ジョシュアっていうのは、例の脱走した少年騎士だよ」
「脱走する者もいれば、こうして新しく来る者もいる。お前達は運が良いな、今ならちょうど二人分の空きがある」
ローランは快活に笑うと、グレイシャスとリオに目を向けた。
「それで、名前は?」
「私は、グレイシャス・フィリス」
「僕は、リオ・フィリス」
「ふむ、育ちの良さそうな少年達だ。では、一緒にこっちに来なさい、入団の手続きがある。紹介状はあるかね?」
「それが……紹介状はありません」
グレイシャスは目を伏せる。
「紹介状はない……ま、とにかく中で話しを聞こう」
ローランはフッと笑うと、グレイシャスの肩に手を置いた。
「馬は僕が馬小屋に連れて行くよ。後でまた会おう」
エリアスは二人に目配せすると、二頭の馬を引き去って行った。
「あの、紹介状がなくても騎士団に入団することは出来るのですか?」
建物に向かいながら、グレイシャスは聞いた。
「俺はアーガスとは違い、来る者は拒まない質でね。身分に関わりなく誰でも受け入れたいと思っている。身分が良いからと言って、良い騎士になれるとは限らない」
「じゃ、紹介状なしで僕達を入団させてもらえますか?」
リオは背の高いローランを見上げ、笑顔を向ける。
「あぁ、そうだな」
扉の前で立ち止まったローランは、重い扉を軋ませながらゆっくりと中へ開いた。
「それなりのほどこしさえあれば……」
ローランは意味ありげな笑みを浮かべ、二人を中へと手招いた。
「私は、私は、正々堂々と入団したいと思っています」
案内された部屋に入るなり、グレイシャスはキッパリとローランに言った。
「グレイシャス……」
リオは心配気に彼女に目をやる。
「ほう、それはどういう意味かね?」
「分かっているはずです。私は、紹介状の代わりにほどこし物などを贈りたくはないのです」
グレイシャスは唇を噛み、真っ直ぐにローランを見つめた。
「そうか……そいつは困ったな」
テーブルの後ろに腰を下ろしたローランは、引き出しを開け中から用紙を取り出す。
「紹介状なしでは、入団出来ない。だが、話によっては、俺が代わりに紹介状を作っても構わない。これが、その紹介状だ」
ローランは二人の前に紹介状をちらつかせる。
「これに私がサインさえすれば、君らは入団することが出来る。ただ、俺もそれ程善人ではないからな」
ローランは含み笑いを漏らす。
「見返りが必要な訳だ」
「……それなら!」
グレイシャスは一歩前に出て、ローランに詰め寄る。
「私と剣で勝負をしてください! もし、私が勝てば私たち二人を入団させてください。負ければ、直ぐにここを去ります」
「グレイシャス!」
リオはビックリして声を上げる。いくら剣術が得意だと言っても、本物の騎士である大人のローランにかなうはずはない。あまりに無謀な勝負だった。
「本気で俺に決闘を申し込んでいるのか?」
ローランは呆れ顔でグレイシャスを見つめる。グレイシャスは瞬き一つせず、じっとローランを見つめ返す。
「まいったな……団員に決闘を申し込まれるとは、前代未聞の出来事だ」
「私は真剣です。場所と時刻はあなたにお任せします。私の準備はいつでも出来ていますから、どうぞ私を呼びに来て下さい」
「グレイシャス、決闘なんて無理だよ。勝てるはずないよ」
「では、失礼します」
リオの言うことに聞く耳を持たず、グレイシャスは深く一礼すると、ツカツカと部屋を出ていった。
「グレイシャス!」
リオは慌てて彼女の後を追った。
「決闘か……」
ローランは軽く息を吐き、苦笑しつつ腕組みする。
「面白い奴だ」
久しぶりの更新です。
「春の旋律」企画の作品を執筆していました。(^^) 時々は雰囲気の違う短編を書いてみるのも気分転換になりますね。
こっちの連載はゆっくりと進めていきたいと思ってます。