第十七話 白い薔薇の少年騎士
「オリビエ様、ありがとうございます!」
貴族の娘は、一輪の白い薔薇を大事そうに胸に抱き、喜びに溢れた笑顔をオリビエに向ける。その薔薇は、オリビエが軽くキスして彼女に手渡した薔薇だ。
「花瓶に飾って大切にします。私の宝物です」
「オリビエ様、どうか私にも!」
「私にも!」
他の娘達も我先にと、馬上の少年騎士から薔薇の花をもらおうと手を差し伸べる。
「そんなに慌てないで。今日は花屋の白薔薇を全て買い占めてきた。充分皆の分は足りるはずだ」
オリビエは誇らしげに薔薇の花にキスし、次々へと娘達に手渡していった。
「お前は花売りなのか?」
ちょうどオリビエが花にキスして次の娘に手渡そうとした時、白馬に乗って近づいて来たグレイシャスが言った。
「……え?」
「そんなにたくさんの薔薇の花を持って」
グレイシャスは口を歪め、苦笑いする。
「白い薔薇は私の家の紋章、特別な花だ。それより、お前は誰だ。いきなり割り込んで来るとは無礼な」
オリビエはムッとしてグレイシャスを睨む。
「良ければ私にも一輪、その見事な白薔薇をくれないか?」
「何を言っている。私は男に渡すつもりはない。私が渡すのは、美しい淑女だけだ」
「そうか……」
グレイシャスはリオと顔を見合わせると、フッと笑った。
「お前は何者だ! 無礼が過ぎるとタダでは済まさないぞ」
グレイシャスの態度が気に入らないオリビエは、馬を移動させグレイシャスと向き合う。
「面白い。相手をしてやっても良いぞ。『勇隼騎士団』の団員の腕前がどれくらいのものなのか試してみたい」
「何っ……!」
グレイシャスはイグネイシャの真剣をいきなり引き抜くと、オリビエの鼻先につきつけた。研ぎ澄まされた鋭い剣先がキラリと光り、オリビエは声を失う。
「グレイシャス、やりすぎだ」
リオは驚いて二人の間に割って入る。まわりを取り囲む娘達も固唾を呑んで二人のやりとりを見つめていた。いつの間にか娘達以外にも、通りがかりの見物人達が集まり、興味津々の様子で二人を見ている。
「怖じ気づいたのか? 騎士になろうとする者が、剣に怯えてどうする?」
黙り込んだオリビエに向かって、グレイシャスは剣を突きつけたまま続ける。
「口ほどにもない奴だ」
「……」
「薔薇を配る暇があれば、騎士団で稽古に励め」
グレイシャスはオリビエの目の前で剣を一振りする。オリビエはヒヤリとし、固く目を閉じた。その様子を見てグレイシャスは声を立てて笑い、剣を鞘に収めた。彼女の笑い声に、オリビエは慌てて目を開ける。
「ぶ、無礼な! 名を名乗れ!」
「グレイシャス・フィリスだ」
立ち去ろうとしたグレイシャスは、くるりと馬の向きを変え振り向く。
「これから『勇隼騎士団』に向かうところだ」
「何だと?」
「オリビエ、彼らはこれから騎士団に入団するらしい」
驚いているオリビエに、エリアスはグレイシャスの後ろから顔を覗かせて言う。
「僕も途中で彼らに出会って、これから一緒に騎士団に帰るつもりなんだ。僕らが騎士団の稽古をサボったということが、どうも彼には気に入らないらしい。君も早く騎士団に帰った方が良いよ。彼に何をされるかわかったものじゃない」
エリアスは、チラリとグレイシャスに目をやって肩をすくめる。
「真剣をつきつけるなんてね、全く。僕らはまだ、真剣なんて使ったこともないのに」
「もうその話は、良い。先を急ぐぞ」
グレイシャスは馬の腹を蹴り、リオと共に広場を去って行く。オリビエは舌打ちし、悔しそうに彼らの姿を目で追った。広場に集まっていた娘達も、オリビエのことを忘れ、白馬に乗ったグレイシャスの姿に目を向けていた。彼女達は、いきなり現れた美しい少年騎士に、すっかり心を奪われてしまった様子だ。良いところは全てグレイシャスに持って行かれ、自分は惨めな姿をさらされた形となり、オリビエは全く面白くなかった。
今や娘達の関心は、完全にオリビエからグレイシャスに移ってしまっている。愛おしそうにグレイシャスの名を呼ぶ彼女たちを見て、彼のプライドは大きく傷つけられた。
「クッ、グレイシャス・フィリスめ、覚えておけ、いつかきっと恥をかかせてやる!」
白馬に揺られ優雅に広場を去って行くグレイシャスの後ろ姿を見つめながら、オリビエは唇を噛みしめた。