第十六話 キルテアの街で
「そのマント綺麗だね」
峠を下り、キルテアへと続く街道を馬で進みながら、リオは前を行くエリアスに言った。エリアスの青と黒の格子模様の鮮やかなマントが、リオの目の前で風になびいている。
「美しいだろ」
エリアスは後ろを振り向き、自慢げにマントを広げて見せる。
「僕の故郷は織物で有名なんだ。これは母さん手作りのマントだよ」
「騎士の着るマントにしては、派手過ぎるな」
グレイシャスはちらりと後ろを向いて言った。
「そうかい? 騎士だからと言って地味な装いをしなきゃならないってことはないと思うよ。それに」
エリアスは何かを思い出したようにクスリと笑った。
「僕のマントなんか地味に思える程、もっと煌びやかな格好をしている少年もいるよ」
「服を着飾るより、騎士には他にもっとする事がある。お前は立派な騎士になるつもりはないのか?」
「うーん、そうだな。どちらかと言えば、僕は両親に無理矢理騎士団に入団させられたようなものだから。さっきも言ったように、騎士よりは旅芸人にでもなりたいくらいさ。何より僕はリュートを弾くことが好きだからね」
エリアスは背負ったリュートに軽く触れて言った。
「ところで、君達はどうして『勇隼騎士団』に入ろうと思ったんだい?」
「それはもちろん優秀な騎士になるため……ブライド様の騎士団は評判の良い騎士団だからだ」
「なるほどね。ブライド様は確かに優秀なお方だ。最近はお忙しいようで騎士団の方には滅多に来られないけれど」
「そうか……」
久しぶりにブライドと再会出来ないのは残念だが、ブライドと直接顔を合わさなくて良いのは、グレイシャスにとっては好都合だ。まさかグレイシアが男装して騎士団に入団しようとは、ブライドも思っていないだろう。
「と言うことは、君達もいずれ騎士見習いになって、どこかの屋敷か城に使えるんだね」
「あ、あぁ」
グレイシャスは曖昧に返事をした。今の一番の目的は、父イグネイシャの敵をとること。そして、そのために剣術の腕を磨くことだ。その先のことは、まだ何も考えていない。
「君達は兄弟かい? 家名は同じだよね?」
エリアスは横に並ぶリオに目を向ける。
「それにしては、あまり似てない気がするけど」
「僕がグレイシャスの家に養子に入ったんだ。兄弟だけど血は繋がってないよ」
「へぇ、跡取り息子がいるというのに、わざわざもう一人息子をもらったのかい? 後で色々揉めなきゃいいけどね」
エリアスは目を丸くしながら、グレイシャスとリオを交互に見比べる。
「どちらかが家を継いで、どちらかは家を出なきゃならないだろ」
「お喋りな奴だ。騎士は多くを語らない方が良い」
グレイシャスは眉をひそめてそう言うと、軽く馬の腹を蹴り馬の足を速めた。
やがて、グレイシャス達はキルテアの街にたどり着いた。峠から見下ろした通り、キルテアの街は賑やかで活気に満ち溢れていた。整備された広い石畳の路には、多くの人々や馬や馬車が行き交っている。大きな港町だけあって、外国からの商人も多く、様々な人種の人々がいる。
馬を進めながら、グレイシャスもリオも人の多さに圧倒されそうだった。
「オリビエ様!」
「オリビエ様ー!」
街の中心付近に位置する広場まで来た時、不意にあちこちから甲高い声が聞こえてきた。声のする方へ目を向けると、華やかなドレスを着飾った年若い娘達が、次々と広場にある大きな噴水の方へと駆けて行く。
「何の騒ぎだ?」
ドレスの裾を持ち上げ夢中で駆けていく娘達を、グレイシャスは冷ややかな眼差しで見つめた。
「何だろ? 大道芸か何か始まるの?」
リオは人だかりの群れを興味深げに見た。噴水のまわりは美しい衣装をまとった娘達で取り囲まれ、人目をひく程華やいでいる。
「やれやれ、今日はあいつも学校を抜け出していたんだな」
エリアスは肩をすくめると、口元を弛めた。
「誰だ。オリビエと呼ばれていたが、知り合いなのか?」
「僕と同じく『勇隼騎士団』の団員、オリビエ・バルテスさ」
「勇隼騎士団の団員……」
「ほら、僕より煌びやかな格好の少年がいると言っただろ。彼のマントも帽子も僕よりずっと派手だと思わないかい?」
「……」
グレイシャスは、無言でエリアスの視線の先をたどる。
煌びやかな宝石飾りのついた真っ白な光沢のあるマントを羽織り、大きな羽根飾りのついた帽子を被った少年。彼は毛並みの良い灰色の馬にまたがり、娘達に手を振って笑みを浮かべている。彼の瞳はエメラルドグリーンで、帽子からは金色の巻き毛がのぞいている。派手な衣装に負けないくらい、彼の容姿も華やかで美しい。彼を取り巻いて着いて行く娘達は、皆うっとりとした目で彼を見上げていた。美しい娘達に取り囲まれている彼自身も、得意げで嬉しそうだ。
「彼も勇隼騎士団の一員なのか……」
グレイシャスはため息をつき、しばし言葉を失う。エリアスといい、オリビエといい、グレイシャスの思い描いていた騎士団の少年達のイメージとは大きくかけ離れていた。地道に勉学と剣術に励む少年剣士達の姿に憧れを抱いていたグレイシャスだが、彼女の中で『勇隼騎士団』に対するイメージが徐々に崩れていく。
「彼は一体何をしている?」
険しい表情をして、グレイシャスは問う。
「見てのとおり、彼を取り巻く女友達達に会いに来たんだよ。キルテアの街の半分以上の若い娘達は、彼のことを慕い夢中になっているのさ。オリビエの見た目は絵になるし、彼の家は僕の家とは比べ物にならないくらい裕福な貴族だ。女の子達が憧れるのも無理ないと思うけどね。正直、オリビエが羨ましくなることもある」
「馬鹿らしい。まだ騎士にもなっていない身分で、ヘラヘラと媚びを売って」
志を抱き真剣に騎士団に入団しようとしているグレイシャスにとって、彼の行動は許し難いものがある。彼女は姿勢を正し手綱を引くと、オリビエを睨みながら真っ直ぐ彼の元に近づいて行った。
久しぶりの更新です! 読んで下さっていた皆様、大変お待たせしました。これからも次々と新しい登場人物が加わります。混乱しないようお気をつけ下さい…(^^;)書いてる本人も確認しつつ書いてます。