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第十二話 グレイシャス

 その日の日暮れ近く、グレイシアとリオは峠の手前に位置する宿場町に到着した。峠を超えてしばらく行くと、目的地のキルテアに到着する。

 数々の宿や出店の立ち並ぶ町は、旅人達が行き来し賑わっていた。静かなヴェスタの暮らしに慣れていた二人には、道に溢れんばかりの人や馬車の多さに戸惑うばかりだった。

「どの宿にしようか?」

 グレイシアは、道の両脇に並ぶ宿屋をキョロキョロと見渡す。

「う〜ん、こんなにたくさんの宿があると、迷ってしまうね」

 リオは肩をすくめ、グレイシア同様目移りしながら宿屋を見ている。

「旅のお方! 今夜の宿をお探しなら、『赤煉瓦』にどうぞ!」

 しばらく二人が迷いながら馬を進めて行くと、突然道ばたから甲高い声が聞こえてきた。見ると、まだあどけない顔をした少女が、グレイシアとリオに満面の笑みを浮かべて微笑みかけていた。

「『赤煉瓦』?」

 グレイシアは馬を止め、少女に目を向ける。それを見た少女は、素早くグレイシアの白馬の前に駈け寄った。

「うちの父さんと母さんが営んでいる宿です。それはもう、この町一番の素晴らしい宿で、泊まっていかないなんて、絶対後悔しますよ!」

 少女は馬の手綱をしっかりと掴み、じっとグレイシアを見つめて言った。

「で、その宿はどこ?」

 リオは近くの宿を見渡す。

「あたしがご案内します!」

 少女はグレイシアから目を離さず、元気よく答えた。

「あの、もし宜しければ、馬に乗せていただけますか?」

「え? この近くじゃないのかい?」

 てっきり道沿いにあると思ったリオは、意外そうに尋ねる。

「すぐそこですよ、馬の足なら」

 少女は悪戯っぽく微笑むと続ける。

「ここは騒々しい宿屋ばかりですから、ゆっくりくつろげません。あたしの宿ならとても静かで、明日の朝までゆっくろと眠ることが出来ますよ」

「けど、あまり遠くだと……」

「構わないよ、リオ。馬で走るならたいした時間もかからないだろう。それより、早く宿を決めた方が良い」

 グレイシアはニコリと笑うと、少女に手を差し伸べた。

「案内してくれる?」

「は、はい!」

 少女はしっかりとグレイシアの手を握り、勢いをつけて白馬にまたがった。グレイシアの前に座り、ほんのりと頬を染めて満足そうに笑っている少女を見ながら、リオは複雑な心境で苦笑いする。




 案内された宿は、少女が言ったとおり人間の足では町からかなり離れていた。だが、馬で走れば直ぐに到着出来、宿場町よりもキルテアに向かう峠沿いだった。

「ここです! 素敵な宿でしょう!」

 馬から下りた少女は、自慢げに宿を指し示す。『赤煉瓦』という名前通り、赤い煉瓦のこぢんまりとした宿だ。直ぐ裏手には峠道が続き、宿の前方には湖が広がる人里離れた静かな場所だった。

「本当に静かな宿だね」

 グレイシアは満足した様子で、微笑んだ。

「必ず気に入ってもらえますよ!」

 少女はグレイシアの笑顔に声を弾ませる。

「宿の横が馬小屋になってます! あたしは、先に宿に行って準備をしてきますね!」

 言うが早いか、少女は宿屋に飛び込んで行った。




「宿場町からこれだけ離れていたら、お客はなかなか来ないだろうね」

 馬小屋に馬を繋ぎながらリオは言った。

「あの子はお客を呼び込みに来てたんだね」

「そうだね」

 グレイシアはクスッと笑う。

「でも、私はここが気に入ったよ。ヴェスタの町のように静かだ 」

 グレイシアはそう言って、リリーの白いたてがみを優しく撫でた。

「うん。僕達以外のお客さんも少ないみたいだ」

 グレイシアのリリーとリオのリンド以外の馬は、毛並みの良い黒馬が一頭いるだけだった。

「それより、あの子、グレイシアのこと完全に男だと思ってるよね」

 リオはフッと笑ってグレイシアを見た。髪を短くして男装したグレイシアは、どこをどう見ても少年騎士にしか見えない。

「なんか、君のこととても気に入ったみたいだ」

「そうか? 私が男に見えるなら安心だけど……」

 グレイシアはふと考え込み、リオに目をやる。

「私の名前、変えた方がいいな」

「名前?」

「グレイシアは女の名前だ。いくら男装してもグレイシアという名ではおかしい」

「そうだね」

「私は、ブライド様にも名前を伏せておきたいと思っている。ブライド様は女を入団させはしないだろうし」

「ブライド様は、僕とグレイシアの顔を見たら分かるんじゃないのかい?」

「否、ブライド様は騎士団長だけど、騎士団に姿を見せることはあまりないらしい。それに、ブライド様に会ったのは三年も前のことだから、お気づきにならないよ」

「グレイシアの名前か……」

 しばらく考えをめぐらせたリオは、グレイシアに目を向ける。

「グレイシャスっていうのはどう? 家名は僕のフィリスを取ってグレイシャス・フィリス」

「グレイシャス。グレイシャス・フィリス。うん、良い名だね」

 グレイシアは、軽く頷くとニコリと笑った。

「グレイシア・ダルクは、今日からグレイシャス・フィリスに生まれ変わる」

「じゃ、今日から君のことグレイシャスって呼ぶよ。さっそくあの子に名前を教えなきゃね。きっと、あの子は直ぐに君の名前を知りたがるだろうから」

 そう言ってリオは笑った。










今回、初めてグレイシア達の家名が登場します。本当はもっと早く出せば良かったのですが…つい書く機会を逃してしまいました。^^;

グレイシアはグレイシア・ダルク。リオはリオ・フィリスでした。次回から、グレイシアのことは、グレイシャスと書いていきます。

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