第十一話 剣に誓った決意
朝日が昇ったばかりの東の空は、青く澄み渡っていた。
数日前、降り積もっていた雪はすっかり溶けて、前方にはのどかな田園風景が広がっている。少し冷たい朝の風は、まだぼんやりとした頭を刺激して、眠気を覚ましてくれる。
「ヴェスタはここまでか……ヴェスタともしばらくお別れだな」
ヴェスタの国境線まで辿り着いた時、グレイシアは白馬をとめて、後方をふり返った。夜明け前、グレイシアはリオと共に、屋敷を後にした。母親のメリーネに置き手紙を残し、誰にも言わずひっそりと出発した。
「メリーネ様が気付いたら、大変な騒ぎになるよ。黙って出てきて、本当に良かったのかな……」
リオも馬をとめて、心配そうな様子でグレイシアを見た。
「お母様に話したら、反対されるに決まってる。お母様は私が剣を使うことさえ許してはくれないのだから」
グレイシアはキュッと唇を噛みしめた。
「メリーネ様は、君のことが心配なんだよ」
「分かってる。けど、このままヴェスタでじっとしてなんかいられないよ。そのうちお母様は、私の婿探しを始めるに違いないんだから」
「髪を切ったグレイシアを見た時のメリーネ様の驚きようったら、思い出すだけで可笑しくなるね」
リオは、しとやかなメリーネが慌てふためいてグレイシアを問いつめた様子を思い出し、クスッと笑う。
「お母様は、私が大人しくドレスを着飾っていれば、それで満足なのだからね。窮屈なドレスと退屈な舞踏会の毎日なんて、うんざりだ」
グレイシアは白馬を軽く蹴り、またゆっくりと進み始める。
「メリーネ様、君がいなくなったら寂しがられるだろうな」
リオもグレイシアの隣りに位置し、馬を進める。
「お母様も、いつか分かってくださる……お父様の死の真相は、お母様だって知りたいはずだからね」
「うん……」
リオはグレイシアを一瞥し、遥かに広がる地平線の彼方に目を向けた。これから始まる二人の未来のように、道は果てしなく長く続いているように見える。
初めて目にしたグレイシアの涙。か弱い子供のように自分の胸の中で泣いていたグレイシア。しかし、今隣りにいるのは、悲しみを乗り越え、決意を固めたグレイシア。凛としたその表情には、逞しさと強さがみなぎっている。
「キルテアには、明日の昼頃には着くと思う。途中、どこかの宿場町で一泊しないとね」
前方に目を向けながら、グレイシアは言った。彼女は一刻も早く、ブライドのいるキルテアの騎士団に行きたいと思っていた。
──これが、普通の旅なら、もっと楽しかっただろうな。
闘いに追われる旅以外の旅というものを、リオは経験したことがなかった。グレイシアと二人で行く馬の旅も、別の目的であったのなら、どんなに良かったろうと、リオは思った。
──父さん、母さん、イグネイシャ様、どうか、僕達をお守り下さい。
「リオ、首から提げているのは何だ?」
リオが胸の辺りで何かを握っているのを見て、グレイシアが尋ねる。
「これ?」
リオは茶色い皮の巾着袋を見せる。
「僕の大切な物が二つ入ってる」
「中味は何だい?」
「僕の大事なお守りだよ」
リオは、興味ありげなグレイシアに微笑みかけると、大事そうにそれを懐の中にしまった。
「私のお守りは、お父様の形見の剣だ」
グレイシアは、腰に差していたイグネイシャの剣を抜き、目の前にかざす。柄の部分に白百合の紋様の入ったその剣は、グレイシアが使っていた剣よりも一回り大きい。
「今の私には、まだ使いこなすことは出来ないけれど、剣術の腕をもっと磨いて、使いこなせるようになってみせる。そして、いつかきっとこの剣で……」
グレイシアは、剣を高々と振りかざすと、力強い口調で言い放つ。
「お父様の敵をとってみせる!」
朝の光りを浴びた剣は、グレイシアの手の中で神々しく輝いた。
久しぶりの更新です! 時々、短編の執筆をしながらの更新なので、ゆっくりとしたペースで書いていこうと思います。一年以内が目標ですが、二年くらいかかるかも…^^;。
いよいよ、二人は故郷を旅立ちました。一緒に冒険するつもりで、楽しく書いていきたいと思ってます。読者の方々も楽しんでもらえると嬉しいです。