第九話 白百合の髪飾り
葬儀の翌日。イグネイシャの死を弔うかのように雪が降り積もり、ヴェスタを白銀の世界に変えた。積もった雪はほんのわずかだったが、南国には珍しい積雪だった。
「リンド、見てごらん。丘も畑も真っ白だ」
朝早く目覚めたリオは、真っ直ぐに馬小屋に向かいリンドに会いに行った。たてがみを撫でられたリンドは、ヒヒンと小さくいなないて白い息を吐く。
「今日は冷えるね」
既に雪は降り止み、眩しい朝の光が積もった雪に反射している。丘の上から吹き降りてくる風は、氷のように冷たい。雪は昼前には溶けてしまうだろう。
「リオ、リオー!」
ぼんやりとリオが丘を見上げていると、元気な声が響いてきた。サクサクと雪を踏む軽やかな足音も聞こえてくる。
「リオ、こんな所にいたのか」
馬小屋の中に、グレイシアが息を弾ませて駆け込んできた。
「グレイシア……?」
リオは彼女の姿を見て目を奪われた。雪のように真っ白な白百合のドレスを着て、長い金色の髪を揺らし、薔薇色の頬をして微笑むグレイシア。父親の死後、無表情になり元気のなかった彼女とはうって変わり、その顔は喜びに溢れている。
リオには彼女の姿が、白い雪に反射する光りのように輝かしく映った。
「……どうしたの、その格好?」
つかの間グレイシアに見とれていたリオは、軽く咳払いして尋ねる。
「お父様にいただいた私の誕生日プレゼント」
グレイシアはフフッと笑うと、軽やかに後ろを向いた。同時に金色の髪も揺れて、後ろ髪をとめている白百合の形をした美しい髪飾りが見えた。
「せっかくいただいた贈り物だから、一度はつけてみないとね」
後ろを向いたまま彼女は続けた。
「だから、今日はドレスも着てみた。ドレスを着るのも今日で最後にしようと思う」
「え?」
グレイシアはくるりとふり返り、意味ありげに微笑んだ。
「私が女の子でいるのは今日まで。明日から私は男の子になる」
「どういう事?」
リオは訳が分からず、問い返す。
「グレイシアは生まれ変わるんだ。男の子になって、逞しい騎士になるために、騎士団に入団しようと思う」
「意味が分からないよ、グレイシア。何故君が騎士になる必要があるんだ? イグネイシャ様が亡くなられたとしても、君は今のままの君でメリーネ様とここで暮らせばいいじゃないか」
「リオは何も分かってない」
グレイシアは厳しい目をしてリオを見つめる。
「私は強い騎士にならなければならないんだ。剣術の腕をもっと磨いて、いつかお父様の敵をとらなければならない」
「敵……?」
「お父様は刺客に襲われて亡くなられた……」
グレイシアは長いまつげを伏せて俯く。
「どこの誰かも分からないけれど、お父様を倒すような相手なら、きっと恐ろしく腕の良い人物に違いないよ。そのためには私も、もっともっと力をつけなければならない。そしていつかきっと」
グレイシアは顔を上げ、真っ直ぐにリオを見つめる。
「その人物を探しだして、お父様の敵をとる!」
「グレイシア……」
グレイシアの澄んだ瞳は、怒りに満ち潤んでいた。それが、時間をかけてグレイシアが出した決断。その揺るぎない眼差しは、堅い決心であることを現している。もう、誰が何と言おうと、彼女の決心を崩すことは出来ないだろう。
リオは彼女を見返しながら微笑んだ。
「分かった。けど、騎士は君だけじゃないよ。僕もイグネイシャ様の息子だ。君と一緒にイグネイシャ様の敵をとる」
「あぁ」
グレイシアはホッとして、口元を弛める。
「私が女だということは、私とリオだけの秘密だ。誰にも言ってはいけない」
「もちろん。僕も出来る限り協力するよ。けど」
リオはフフッと笑う。
「男装したグレイシアは、どこをどう見ても男にしか見えないかもしれないね」
リオは笑いながら『ただし、とびきりの美しい少年』になる、という言葉は飲み込んだ。
「それで、リオに二つの頼みがあるんだ」
「頼み?」
「お父様のお手紙には、将来リオが騎士になった時、お父様の剣をリオに譲ると書かれていた。お父様は私が騎士になるという事は考えていらっしゃらなかったみたいだ」
グレイシアは少し悔しげに口を尖らせる。
「イグネイシャ様の剣か……僕も譲り受けたいけれど、やっぱり使いこなせるのは、グレイシアしかいないだろうね」
「私に譲ってくれるか?」
リオはニコリと笑って頷いた。
「で、もう一つの頼みは?」
「私の髪を切って欲しい」
グレイシアは白百合の髪飾りを後ろ手で外した。豊かな金色の髪の毛が、サラサラと揺れて肩に落ちてきた。
「騎士になるなら、もう長い髪は必要ない」
皆さん、明けましておめでとうございます! 今年もどうぞよろしくお願いします。
年が明けて、ようやく更新することが出来ました。これからは、なるべく週一か二、更新したいと思います。
いよいよ、グレイシアは男装して騎士団に入団することになります。これから、新たな登場人物もたくさん加わり楽しくなっていきそうです。
今年も執筆頑張っていきます!