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こどものかみさま、かんなさま  作者: 龍翠
第二話 巫女、かみさまを手伝う
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2-3

 勉強をしながら時折挨拶をして、そして予鈴の五分前に明日香が駆け込んできました。教室に入った直後に真っ先に時計を確認しています。間に合っていることに安堵の吐息をついて、私の席まで歩いてきました。


「おはよう、さつき。今日も無事に間に合った!」

「うん。おはよう、明日香。毎日大変だね」


 明日香は寝坊で遅く来ているわけではありません。陸上部に所属している明日香は、朝の練習を終わらせてからこちらに来ています。それがあるため、どちらかと言えば早起きのはずです。


「いやあ、でもやっぱり走るのは楽しいね! 朝からいい汗かいた! さいこう!」

「うん。よく分かる」


 明日香の言葉に、私は心の底から同意します。私は走るのは得意ではありません。むしろクラスで競争すれば、ほぼ間違い無く一番遅いと思います。ずっと使っていなかった足だったので仕方が無いものですが。

 それでも、私は。自分の足で、歩いて、走ることができて、とても楽しく思えます。

 多分私が神妙な表情でもしていたのでしょう、明日香は視線を彷徨わせていました。


「あー……。ごめん」

「いや、別に謝らなくてもいいから」


 私が苦笑すると、本当に気にしていないことが伝わったのか、明日香は安堵のため息をつきました。


「それより明日香、荷物ぐらい置いてきたら?」

「おっとそうだった! 置いてくるぜ!」


 自分の席へと走って行く明日香を見送ります。多分、授業までには戻ってこられないでしょう。明日香は私と違って人気者で、いろんな人に声を掛けられます。

 私は、挨拶はしても、仲の良い友人というのは少ないです。小学校の頃に転校してきたというのもありますが、中学校に入学してからは朝早くに来て真っ先に帰るのが原因でしょう。帰っているのではなく、かんな様に会いに行っているのですが。


「おーい、席につけー」

「ちょ、先生早いって! まだチャイム鳴ってない!」

「ん? おっと、そうだったな、でもさっさと終わらせたいから席につけ」

「横暴だ!」


 先生とクラスメイトの会話が耳に届き、私は自習の道具を片付けました。




 放課後。ホームルームが終わった後、私はすぐに教室を出てかんな様の元へ向かいます。ただし朝と違って他の生徒がいることも多いので、その点は気をつけないといけません。他の生徒がいた場合は、お参りのふりをして誰もいなくなるのを待つことになります。

 社の前にたどり着いた時、幸いと言うべきか、今日は誰もいませんでした。ただ一人、私だけが見えるかみさまが、社の前でぼんやりと空を見ているだけです。


「かんな様」


 私が声をかけると、かんな様が私を見ます。


「ん。いらっしゃい、さつき。早速だけど、お使いを頼みたい」

「はい。何でしょう?」

「本。新しいやつが欲しい」


 かんな様が社へと振り返りながら言います。社の前に十冊ほどの本がありました。分厚いものもあれば、文庫本のような小さいものもあります。これらは全て、この学校の図書室で私が借りてきたものです。


「分かりました。何か希望はあります?」

「任せる」

「はい。任されました」


 私は十冊の本を抱えると、図書室に向かいました。




 かんな様は読む本を選びません。何でも読みます。幼い子供向けの児童書を読む姿は見た目相応でとてもかわいいのですが、難しいことが書かれた本を読んでいる姿は凜々しく見えます。私のひいき目かもしれませんが、格好良いです。

 中学生が読まなさそうなそれらの本も全て図書室で借りることができます。そしてこれらの本は私が返却した後、入れ替えられるそうです。つまりはかんな様のために揃えられているということです。


 私が借りる時は、五冊はそういった児童書や参考書、残り五冊は何かしらのテーマを決めて借りています。前回は恋愛小説でまとめてみたので、今回はファンタジーでまとめました。

 新しく借りた本を抱えて社に戻ります。社の前には先客がいました。


「……っ!」


 私は慌てて隠れます。大きな木もあるので、隠れる場所には困りません。そっと様子を窺うと、そこにいたのは明日香でした。何かお祈りをしています。しばらくすると、明日香はよしと満足したように頷くと、踵を返して帰って行きました。

 それを見送り、少しだけ時間を置いてから社へと向かいます。かんな様はじっと、明日香が帰っていった方を見つめていました。


「かんな様、さっきの子は何をお祈りしていたんですか?」


 本を社の前に置きながらかんな様に聞きます。かんな様は子供の神様としてこの地域では有名であり、学生を始め時折子供がお祈りに来ます。お願い事であったり、愚痴であったりと理由は様々だそうです。

 かんな様は私の質問を聞くと、こちらへと非難がましい目を向けてきました。そんな目を向けられる理由が分からずに戸惑っていると、かんな様は呆れたようにため息をつきました。


「友達が最近すぐに帰って付き合いが悪いっていう愚痴」

「う……。それってもしかしなくても……」

「さつき」

「ですよね……」


 ここに入学してから、私は毎日ここに通っています。友達と遊ぶことが減ったので、付き合いが悪くなったと言われても仕方がありません。


「言ったと思うけど、私を優先しなくてもいい。勉強もそうだし、友だちづきあいも大事。そっちを疎かにしないように」

「はい……。ごめんなさい……」

「分かればいい。まあ……、私としては、確かに嬉しいけど、ね……」

「え?」

「何でも無い」


 かんな様は小さく鼻を鳴らすと、そっぽを向いてしまいました。


「あと、お願いもあった」

「お願いですか?」

「ん。お守りのキーホルダーをなくしたって。見つかりますようにってお願い」


 お守りのキーホルダー。そういったものがあるとは聞いていませんが、あれかな、と思う物はあります。明日香の両親は共働きなので明日香自身も家の鍵を持ち歩いているのですが、その鍵にはかわいい子犬のキーホルダーがついていました。確か、ひいおばあちゃんが元気な頃に買ってもらった、という話でした。そのひいおばあちゃんは私が転校してくる前年に亡くなってしまったそうです。


「見たことある?」


 かんな様の問いに、私は頷いて答えます。


「お守りかは分かりませんけど、明日香は子犬のキーホルダーを持ち歩いています。多分、それのことじゃないかと。亡くなったひいおばあちゃんに買ってもらったものだそうですし」

「ん。なるほど。大事なもの」


 かんな様は納得したと頷くと、そのまま歩き始めました。何も言わずに歩き出したことに私は驚きながらも、その後を追います。どこに行くのかと問うと、


「探しに行く」


 短い答えでした。


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