(9)ピーチの考察
その女性、ピーチの目の前で、邪鬼が次々に惨殺されていく。退治されている、が正しいかも知れない。
彼女は それを観察し、新たに入手したデータを記録していっている。ほんの一部であるが、長老から貰った資料に追加しているのだ。
首を斬り落とされた者。頭蓋を割られて脳漿を撒き散らす者。胴体を五つ、六つに輪切りにされた者。唐竹割りや、三枚におろされた者もいる。血飛沫が空中を舞い、地上は邪鬼の死体、それらが撒き散らす内蔵などの肉片と、流れ出た血液で出来た池とで埋まっている。殆ど地表が見えない程の凄惨な様相である。
如意棒を自在に操り 戦っているのはアカネ、彼女の主人になったヒトだ。
彼女は粛々と この作業をこなしている――としかピーチには見えない。
彼女には、アカネの人格が変わったかのように見えている。
ピーチが制限から開放される前の記憶にあった、ユウシャと対峙した時の彼女とは 確実に違っている。あの時より ずっと苛烈になっているのだ。
邪鬼は生物だ。ユウシャとは違い、血を流し死体も残る。それに対し全く抵抗も躊躇いもないのが今のアカネだ。
ピーチは アカネの体調を示す値を、脳内空間に表示されたデータで読み取り それを確認した。呼吸、脈拍、血圧などに全く乱れがない。脳波は 戦闘中なので平静時とは違うが、それでも大きな乱れはない。――これは、正常といえるのか? ヒーチには判断できない、一般的なヒトのデータが不足しているのかも知れない。
聞こえるのは 邪鬼の怒号と、その断末魔の叫びのみ。
アカネは、目の前の敵を淡々と屠る。衣服には返り血の染みなど一滴も付着していない。
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ピーチは思う。
アカネは とんでもなく強い、桁外れだ。
中位邪鬼の、最初の生息地を壊滅させてから 今戦っている高位レベルのモノまで順番に攻略してきて、壊滅させた集落は二十六。まだ始めて半日も経っていない。
――最初は如意棒の使い勝手を確認しながら戦っていたのだろう。さまざまに形状や速度、質量などを変化させていたので分かった。魔法は 今に至るまで一切使っていない。
彼女は「この世界の状態は、旧神と邪神によって 無理やり改変されたモノだから、探せばいくらでも『穴』がある。それさえ見付け出せば どんなことでも思い通りになる」と言っていた。
実際、そのように実行している――ように見える――のだから きっと事実なのだろう。
両陣営のユウシャ達が普通に使っている 知力、体力、技能、魔法行使力が数値で示され、生命力、技能と魔力は数値化された上に階層で表示されているのが その証だとも言っていた。
アカネが招喚者と呼んでいる神人は神族のエリートだ。彼から アカネが貰った倉庫キューブが ピーチである。
アカネは、三体に かけられていた制限魔法――少しばかり拘束魔法も含む――を破壊し、能力制限を解除して、ピーチと如意棒の一本を従者にした。彼女は キューブに「ピーチ」、如意棒の一本に「ハン」という名前を付けた。もう一本の如意棒は そのまま保存している。
半覚醒状態だったキューブと如意棒は、名前を付けられたことで しっかりした実体と自我を得たのだ。