(7)アカネの正体は
アカネは、その日の勉強によって、図書館の あまり使われていない書籍データにあった外法式と呼ばれる『魔法回路の改竄技術』が使えるようになった。
――外法といってもルール違反という訳ではない。主流ではない と言うだけである。あの男が教本に落書きとして残していたモノを検索して調べたのだ。
これは一般に いうところの魔法ではなく、招喚者等が特殊技能と呼んでいる いわゆるPKを使うモノだ。だから『魔力の回収』は、やろうと思えば出来なくはない。可能性、だが。
アカネは検討を始め それを深めていった。
――元になる魔法さえ分かれば、という前提だから 容易とは思えないが、可能な筈だ。
――いや。それには無理がある、種類が特定出来ないのは致命的だ。種類の特定など不可能だし……。
――そもそも、その前提条件は、絶対なのか……。
――結局は、問題は組み上がったナノマシンをどうするか、か。
どんどん 連想ゲームのように考察を重ねていく。
しばらく思考の海に沈んでいたが、あることを思いつき、明日にでも実験してみることにした。
もう 夕焼けに空が燃え始めていた。
アカネは外からは認識できない、亜空間にある キューブの造った部屋に入った。簡素な造りだ。そしてベッドの脇にある姿見に映し出された自身を見ると、いくら彼女でも いまだに困惑が隠せない。
その鏡の中の自身の姿は、記憶の中のモノと 明らかに違っている。顔は、同じ人間だと分かる。だが、背丈、体型が違う。記憶の中の、元の世界の自分より かなり若い。
不思議な感覚である。鏡の中の彼女は とても十九歳には見えない。加えて記憶も歪んでいる。未来の記憶があるのだ、これらが違和感の原因である。
彼女は自分の中にある 人格、記憶、外見の食い違いについて ある程度認識している。例えば、人格と記憶が確実に四種類あること。この外見の者は、少なくともIFの世界のモノではないらしい、などである。
本来、この世界に 存在るべきなのは十歳と十二歳のアカネ。招喚されたのは IFではない(と思われる)世界のアカネ。そして、もう一人正体不明のアカネが この外見の者だ。しかし、基幹記憶は それらが混ざり合っている 今のアカネなのである。
四つ、または それ以上の人格――同一人物である必要はない。それは、通常では不可能である。不可能なことは定義できない――の合体。
これは、招喚術に定義された仕様となっている。アカネの責任ではない、偶然 無意識に実行されたコトである。
彼女は読み終えた書物により魔法の性質や構造を把握した。つまり神達が使っている文字をマスターしたのだ。もちろんキューブの力を借りてだが。
アカネは魔法遮断能力をベースに魔法構造破壊式を創った。原理は簡単であるし、大した改造ではない。それに大した威力もないが、これによって キューブと如意棒の制限魔法式を破壊することができた。
更に 同じ魔法遮断能力から、魔力回収機構式も創った。
これらは、常時発動構造だから 普通に動き回るだけで作用する。魔法構造破壊式と魔力回収機構式を併用することで、どんなに混濁した魔法でも破壊し、素材である四大にまで分解し、それを吸収することが出来る。
アカネの考えが正しければ これは中々使い勝手が良い。魔力切れが なくなるのだから。ついでだが、これで土地の蘇生も可能になる。
――この技能には、拡散機能が付加されている。これは彼女が意図したことではなく、偶然でもない。この技能の特徴となっている。加えて、知力向上に併行して その威力も上がるのは 元にした魔法遮断能力と同じである。
アカネは招喚者から借り、読み終えた教科書を複製し保存した。これらは制限解除したキューブの 元々持っている能力、素の『地』を元にした 複製魔法によるモノだ。
図書館のデータ検索機の複製品が もうすぐ完成する。部品の一つひとつを、素材から造るから 結構面倒なのだ。もっとも 実際に製作しているのはキューブなのだが。
これらの借用品は 全て返却しておかないと、後々面倒なことになる可能性がある。
だが、無いとなると それも不便だ。
まあ、図書館の全書物を複写してしまえ、と命じたので、『図書館のデータ検索機(の複製品)』は、最終的には不要になる可能性もあるが、これは 完了するまで相当な時間を要する作業である。あの男が再来するまでに終了するのは不可能だとの判断からだ。
彼女が造った技能式については、あとは実験するだけだ。初めての分野である、実際に使って その反応を確認するのは当然だ。微調整が必要だろうが、そんなモノ 大きな問題はない。
だが、これが魔法となれば、少しばかり話しが違う。ただ吸収するだけでも マズいかも知れない。
アカネは 自分が純粋な『召喚された者』ではない事を知っている。魔法に関わること自体に問題がある、かも知れないのだ。
だが、これは杞憂だったことが知らされた。
制限解除されたキューブから、既にアカネには魔法を行使する力があることを知らされたからである。本当に使うかどうかは別問題だが、吸収する分には問題は無いらしい。
全ての準備が完了したアカネは、キューブに、近々再来するであろう招喚者に対して実施する ある処置を命じた。
アカネは村で聞いた話し、この世界の本質を図書館のデータで確認した。検索内容さえ分かれば、正解を導き出すのは容易だ。魔法の本質についても、同様にして確認した。
長老の話しは正しかった。
しかし、彼女の本人の事象については、予想通りであったが『不明』。自身の感覚に従うしか方法はない。それから導き出されるのは、甚だ芳しくない結論であったが 逃げるつもりはない。
記憶を探って、改めてアカネが確認したのは、この身体には、もう帰るべき世界がない、ということだ。自身の居場所は、もう この世界以外にはないのだ。
ならば、この地で生きるまでだ、と覚悟を決めた。不確定要素は無いではないが、結論が変わるほどのモノではない。
ならば……、と その先を想定する。彼女は、邪魔者を排除することに決めた。
きっと抵抗する者も多くいるだろうが、そのようなモノは駆除すれば良いだけだ。
両陣営の大元を何とかするべきだ。もしかしたら、旧神と邪神も 他と同様に破棄しなければならないかも知れない。
だが これには大きな問題がある。
自身の力量は何とでもなるものだが、人手不足であることは どうしようもない。一人で 同時に 二つのことは出来ないからだ。
自分に匹敵する能力を持つ仲間がほしい、とアカネは切実に願った。